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〈 「未解」のアフリカ: 欺瞞のヨーロッパ史観〉石川 薫・小浜裕久著 勁草書房 [外交・国際関係]


「未解」のアフリカ: 欺瞞のヨーロッパ史観

「未解」のアフリカ: 欺瞞のヨーロッパ史観

  • 作者: 石川 薫
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 2018/01/16
  • メディア: 単行本


読む者は瞠目すること必定

たいへんポップな表紙デザインなので、軽い気持ちで読みはじめたが、驚くほどの重量感である。さくさく読み進めることができるが、「未知の」アフリカのどんどん深いところへ入っていく。アフリカと聞くとハダカの原住民が飛んだり跳ねたりする「蒙昧」のイメージがあるが、「知識が低く道理に暗い」のは自分の方であると気づかされた。しまいには圧倒される思いであった。

アフリカは、「未開の、野蛮な」大陸(the darkest continent)と呼ばれてきた。それはヨーロッパにおいて〈地図がまだない未知の部分を「未知の」、すなわちdarkと呼んだ〉ところからくる。ところが、実際には、ヨーロッパ人が到来する前からアフリカには“数々の王国、帝国”がありイスラム世界とつながってたいへん開けていた。次のような記述もある。〈アスキア・ムハマド治世下のトゥンブクトゥーの様子についてレオ・アフリカヌスはこう記している。「トゥンブクトゥーには、数多くの判事、博士、イスラムの聖職者がおり、国王が彼らに高給を与えている。国王は知識人に敬意を払っている。現地では北アフリカからの書籍がたいへん売れており、書籍は他のいかなる商品よりも利益の大きい商いである。(神々の大陸アフリカ・イスラム教の興りと大陸への伝播)〉。

第1章で、アフリカに対する通念・常識が覆される。世界地図(メルカトル図法)が示され、我々の意識にあってアフリカ大陸が矮小化されていることが明らかにされる。ロンドン-ケープタウン間とロンドン-東京間はほぼ等距離にあるが、地図上では前者の方がはるかに短い距離に見える。つまりは、それだけアフリカが大きな大陸であるということである。その大陸に中には、多くの言語からなる人々が住み、多様な文化を築いていたのである。

そこへ、野蛮なヨーロッパ人が押し寄せる。〈ある世界史の教科書は、ルネサンスが多くの点でイスラム文化の恩恵を受けていたことはよく知られており、「三大発明」と呼ばれるもののうち少なくとも羅針盤と火薬(火砲)は中国起源で、それがイスラム教徒を通じてヨーロッパに伝えられと説明している。問題はそれを改良して実用的な武器にしたのは中国でもイスラムでもなくヨーロッパだったということだ。それは大航海時代以降のヨーロッパのアジア・中南米進出と植民地化を見れば明らかである。〉その最初の犠牲とされたのが、ヨーロッパに近いアフリカであったというわけだ。もし、日本が「極東」の地になかったなら、そして、火砲を独自に製造できなかったなら、アフリカと同じ運命をたどったであろうという記述もある。

企画から校了まで15年かかったというが、それだけの時間がかかっただけのことはあるという内容だ。元外交官である著者の見聞も興味深い。世界(史)におけるアフリカとは何か、何だったのか、アフリカの今後は・・それらの疑問「?」の解に、読む者は瞠目すること必定である。

2018年3月2日にレビュー

新書アフリカ史 (講談社現代新書)

新書アフリカ史 (講談社現代新書)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/07/18
  • メディア: 新書



アフリカ音楽の正体

アフリカ音楽の正体

  • 作者: 塚田 健一
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 2016/05/16
  • メディア: 単行本



中世イスラムの図書館と西洋―古代の知を回帰させ,文字と書物の帝国を築き西洋を覚醒させた人々

中世イスラムの図書館と西洋―古代の知を回帰させ,文字と書物の帝国を築き西洋を覚醒させた人々

  • 作者: 原田 安啓
  • 出版社/メーカー: 近代文藝社
  • 発売日: 2015/04/30
  • メディア: 単行本



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『特派員直伝 とらべる英会話』 読売新聞国際部  研究社 [外交・国際関係]


特派員直伝 とらべる英会話

特派員直伝 とらべる英会話

  • 作者: 読売新聞国際部 & The Japan News
  • 出版社/メーカー: 研究社
  • 発売日: 2017/03/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「とらぶった」英会話;英語表現(85)がでている

『ヨミウリ新聞』の特派員(巻末のプロフィルをみるとほぼ50人)たちが、自分の任地、出張先、移動中のさまざまなシチュエーションのなか、とらぶった経験のなかで学んだ・知った・教えられた英語表現が取り上げられていく。英語テキストで例文を暗記するのもいいが、とらぶった経験の中でこのようにして得た知識はホンモノで死ぬまで自分のものになるだろうと思う。その印象的な経験の数々は、読んでいても伝わってきて、自分の身にふりかかった出来事であるかのように感じられる。それは、本書で扱われる英語表現を身につけるうえで大いに役立つことと思う。もっとも、本書で取り上げられる表現については、「決して語学教材ではない。そもそも、記事を書いた特派員たちが英語の専門家ではないのだから、仕方がない。読者の皆さんのご理解を請うのみである」とある。そして続けて「他方、読み物として楽しんでいただける自信は、少なからずある(『編集後記』)」とある。たしかに、読んでオモシロイ。なにしろ、とらぶった経験をとおして、世界各地の文化、習慣、のちがいを知ることもできる。驚くような話もでる。海外旅行をする際に知っておくなら、そうとう得をする情報もある。損をしないようにも助けられる。読売新聞前英字新聞部長:貞広氏は『序文に代えて』で次のように記す。「私自身、海外駐在が計16年に及び、グローバルにドジを踏み、道に迷い、物を盗まれた。この経験から言うと、海外でいざという時に身を助けるのは『3K』(カネとコネ、そしてコトバ)である。カネでコネは買えるし、コネでカネは稼げる。しかし、いくらカネを積んでもコネがあっても、コトバはできるようにならない。地道に本を読み、習得するしかない」。その論議からいくと、カネでもコネでも、地道に本を読んでも得られない(とらぶった経験をとおしてのみ得られた)貴重な英語表現の数々(85ある)が本書である。巻末には、けっこう詳しい執筆者たちのプロフィルが取り上げられている。これから、『ヨミウリ新聞』・記事にクレジットされる彼ら・彼女たちの名前を注視したい気持ちにもなる。

2017年5月10日にレビュー

以下、ほんの一例

1 トイレが詰まりました The toilet in my room is clogged.
5 今夜は食べ放題にしようぜ! Let’s go to an all-you-can-eat restaurant tonight!
13 最後にまとめて払いますか? Would you like to open a tab?

ニューヨークが教えてくれた“私だけ

ニューヨークが教えてくれた“私だけ"の英語―― “あなたの英語"だから、価値がある

  • 作者: 岡田 光世
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2022/06/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『パリの福澤諭吉 - 謎の肖像写真をたずねて』山口 昌子著 中央公論新社 [外交・国際関係]


パリの福澤諭吉 - 謎の肖像写真をたずねて

パリの福澤諭吉 - 謎の肖像写真をたずねて

  • 作者: 山口 昌子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2016/11/16
  • メディア: 単行本


遣欧使節に随行した福澤諭吉の足跡を丁寧・緻密に追った労作

遣欧使節に随行した福澤諭吉の足跡を丁寧に追った労作。当時の福澤の立場-外国語を学び使節一行に加えてもらうための努力-派遣された一行の面々の素顔-江戸時代末期の世相-出向いた先パリの状況など 詳しい。福澤の心理に分け入った叙述もなされているので、読んでいくと進取の気象に富む若い福沢に自分がなった気分になってくる。

『福翁自伝』を読んで、さすが壱万円の顔になるだけのことはあると思ったが、本書を読んで「流石」の思いを新たにした。「自伝」は、主観的記述がどうしても多くなるが、他者の「評伝」は客観的に対象を捉えようとする。おのずと対象者を取り巻く種々相を取り上げ記述せねばならない。本書は、その取り上げ方が、たいへん緻密である。

対象者の事績を取り上げるだけでなく、読む者にある種の気概を与え感興を呼び起こすものを一級とするなら、本書は、福澤諭吉の評伝としてまちがいなく一級を与えていいように思う。(以下、引用)

諭吉がパリに旅してから百五十年余り。パリの街並みはナポレオン三世の号令で実施された「オスマン男爵(セーヌ県知事)の大改造」以来、ほとんど変わっていない。諭吉らが宿泊したホテルの石造りの建物をはじめ、・・略・・そのままだ。/ 諭吉もこうした光景を目撃したのかと思うと、タイムマシンに乗って、百五十年前のパリに降り立ったような気分になる。また、二十一世紀を迎えた今、何回目かのあらゆる意味での“開国”を前に下級武士・諭吉が日本の未来を見据え、思索家として言論人として「日本のヴォルテール」といわれるに至ったパリでの日々を追うことは、「咸臨丸」以上の冒険物語でもあるはずだ。そして、それは同時にパリでただ一回、撮影され、フランス人の人類学者ジョゼフ・ドゥ二ケールが「日本人の典型的な知識階級の顔」として自著に紹介した「一万円札の肖像画になる前の無名の青年武士の肖像写真」が放つ、激しいオーラの源を探り当てることにもなりそうだ。(「序章」末尾部分の引用)

2017年1月27日にレビュー

「品格」を身に着けるために(2)福沢諭吉先生のこと 
https://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-03-09


新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

  • 作者: 福沢 諭吉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/10
  • メディア: 文庫



あらゆる文士は娼婦である:19世紀フランスの出版人と作家たち

あらゆる文士は娼婦である:19世紀フランスの出版人と作家たち

  • 作者: 石橋 正孝
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2016/10/15
  • メディア: 単行本



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*イスラーム基礎講座』渥美堅持著 東京堂出版 [外交・国際関係]


イスラーム基礎講座

イスラーム基礎講座

  • 作者: 渥美 堅持
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2015/07/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


おかげで、イスラームの「基礎」固めはできたように・・・

著者は、宗教学者ではありません。アラブの政治情勢分析を専門とする立場にあります。若いとき、エジプトのアズハル大学で、約8年間イスラーム教について学びました。が、それは中東の政治情勢分析に必要不可欠なアラブ人の行動様式、思考様式を考えるためでした。

政治情勢の分析には、その土地に住む民族の臭いがなければならない、というのが、著者の持論です。情勢とは人間が演出するものであり、演じるものですから、人間的特性が表現されなければ情勢の未来予測はおろか現状分析もできない。当然ながら、アラブの民族の臭いを知らないアラブの情勢分析には、おのずと限界がある・・・。

そう主張する著者による著作だけのことはあります。イスラムの教えや儀式、彼らの生活について単に解説するだけの無味乾燥のものではありません。カイロのマスジット(礼拝所)で、名も知らない人からアラビア語の読み書きを習い、時に「出来が悪く、鞭で手のひらを打たれた」方ならでは血のかよった内容となっています。(脚注として、ページ下段に補足解説があります。たいへん充実しています。単なる語句解説ではなく、関連(想起される)情報がイラスト写真付きで示されています。「血のかよった」印象は、そこからもきているように思います)。

『プロローグ』は、「イスラム過激派」「テロリズム」「イスラム国」の話題から入ります。過激的イスラーム集団についての理解を得るために、まずは、イスラームそのものを知る必要があると著者は述べます。しかし、イスラーム世界と日本人とは全く異なる世界観をもつ。それゆえ、イスラームを理解するためには、日本的性格・見識をあえて意識的に認識しなければ、イスラームは見えてこない、と・・・。

当方は、アラブ、イスラーム、いずれも無知を自認するものですが、当該書籍は、たいへん勉強になりました。佐藤優氏の推薦の言葉(「イスラームについて知るにはこの本を超えるものはない」)を額面どおり受け取っていい書籍であるように思います。おかげで、イスラームの「基礎」固めはできたように感じています。

2015年11月10日にレビュー

佐藤優の「地政学リスク講座2016」 日本でテロが起きる日

佐藤優の「地政学リスク講座2016」 日本でテロが起きる日

  • 作者: 佐藤 優
  • 出版社/メーカー: 時事通信社
  • 発売日: 2015/11/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『地図で見るアラブ世界ハンドブック』マテュー ギデール著 原書房 [外交・国際関係]


地図で見るアラブ世界ハンドブック

地図で見るアラブ世界ハンドブック

  • 作者: マテュー ギデール
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2016/11/28
  • メディア: 単行本


フランス人著者による、アラブ世界の現況を理解するための助け

「アラブの春」以後のアラブ世界を横断的に概観する書籍。書籍タイトルに「地図で見るアラブ世界」とあるとおり、多色刷りの地図が、ページ毎にほとんどと言っていいほど掲載されている。説明は簡潔で、行間はひろ目にとられて、見やすい。

書籍カバー袖には「アラブ諸国での戦争や紛争が頻発する昨今において、『認識の衝突』を緩和するためにも、このようなアトラスがなくてはならないものとなっている。本書は、人々や土地にかんする現在のデータを、斬新な地図やグラフィックをもちいてあらわした地政学の概要書である」と(本書『はじめに』に)示されている。(ちなみに、裏表紙には「どの国も沸騰状態にあり、未来はまだ見えてこない」と記されている)。

『はじめに』の、それにつづく言葉は《「アラブ世界」のマグレブ、マシュリク、湾岸地域それぞれに重点を置くなど、独自の見解を示すものでもある。いずれの地図も、地勢(サハラ砂漠、平野、都市)、地域(肥沃な三日月地帯、サヘル、近東)、国家(チュニジア、モロッコ、エジプト、シリアなど)について「真実」を語っているわけではないが、全体的には、複雑な現実をあらわす総合的なヴィジョンとなっている。説明文も必然的に簡潔で総括的なものとした。22カ国それぞれの国を個別に論じることは避け、現況を理解するための共通要素をとりあげた。したがって読者は、さまざまな国家や民族(クルド人、アルメニア人、ベルベル人など)、言語や方言(モロッコ、エジプト、シリア=レバノン、イラクなどのアラビア語)、宗教(イスラーム教、キリスト教、ユダヤ教)、教義や少数派・多数派の宗教(スンナ派、シーア派、アラウィー派、マロン派、ドゥルーズ派など)を横断する骨組みを見いだすことだろう》と、ある。

著者はフランス人。アラブ世界を植民地としてきた国民だ。その点日本人よりアラブ世界にずっと近い。本書中、「アラブ人の集合的記憶のなかで」とか「アラブ人の集合的イメージにおいて」という言葉とともに、彼らがものごとをどのように見ているかの解説がなされていく。その言葉や本書の記述から評者が“感じる”のは、アラブ世界の外に住まう著者ではあるが、単なる観察や研究によってではなく、アラブ世界のウチガワを血肉とした上で記述しているという印象である。アラブ世界(アラブ連盟22カ国)の歴史、政治、経済、文化を概観し、現況を知るうえでの良い教科書であるように思う。

2017年1月6日にレビュー

イスラーム基礎講座

イスラーム基礎講座

  • 作者: 渥美 堅持
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2015/07/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



地政学だけではわからない シン・国際関係論

地政学だけではわからない シン・国際関係論

  • 作者: 天野 修司
  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2022/08/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『図書館をめぐる日中の近代: 友好と対立のはざまで』 小黒 浩司著 青弓社 [外交・国際関係]


図書館をめぐる日中の近代: 友好と対立のはざまで

図書館をめぐる日中の近代: 友好と対立のはざまで

  • 作者: 小黒 浩司
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2016/04/13
  • メディア: 単行本


昨今の日中関係を鑑み、出版に

著者の植民地図書館研究論考の集成。1980年代~1990年代にかけて記したもの。昨今の日中関係を鑑み、出版に踏み切った(背中を押された)という。

目次・章立ては、第1部 友好から対立へ――近代期の日中図書館界( 第1章 和製漢語「図書館」の中国への移入// 第2章 湖南図書館の創立――中国での近代公立図書館の成立と日本// 第3章 対支文化事業による図書館事業――日中関係修復への模索// 第4章 日中戦争と北京近代科学図書館)  第2部満鉄図書館の歴史( 第5章 満鉄図書館史の時代区分 // 第6章 大連図書館の成立// 第7章 満鉄図書館協力網の形成// 第8章 満鉄児童読物研究会の活動――満鉄学校図書館史の一断面// 第9章 衛藤利夫――植民地図書館人の軌跡)

中国近代図書館事業の発端:湖南図書館は、日本の大橋図書館をモデルにしたものだという。《1912年、湖南省立第一中学校を退学した当時19歳の毛沢東は、それからの半年間を湖南図書館に通いつめ、自学自習の時期を送る。彼は開館と同時に入館し、途中2個の餅を買って食べる昼食時間しか休まず、閉館まで丸一日図書館で読書をした。毛は同館で初めて世界地図を見、世界地理や世界史を学び、アダム・スミス、ダーウィン、ジョン・スチュアート・ミルなどの著書を読んだ》という記述もある。

著者は、(『はじめに』において)、日本の図書館史研究への不満を表明している。図書館関係の単行本と雑誌を主な資料とする研究の「厚み」のなさに言及し、その原資料や周辺資料(記録・文書類)にも目を配って、思わぬ事実の見落としが生じないようにと勧めている。その点で、『第9章 衛藤利夫――植民地図書館人の軌跡』は、その模範となる論考と言えよう。戦後、日本図書館協会理事長も務めた衛藤は、戦前、帝大図書館から満鉄図書館に移る。大川周明と親しかった衛藤は、関東軍とも近く、満州国設立のため協力するにやぶさかで無い・・・。著書は《本章の目的は衛藤像の見直しにある。だがそれは、衛藤の個人的な「戦争責任」を問うことを目的としたものではない。満州など日本の植民地に展開された図書館事業と、そこに生きた多くの日本人図書館人に共通する「帝国意識」を探り、これまでほとんど顧みられないままになっている植民地図書館の歴史を解明する一つの突破口になることを目的としている》とある。たいへん興味深い論考だ。こうした「帝国意識」の持ち主が、《「けじめ」を欠いたまま》戦後日本の「民主化」を図ってきたのだ。いつでも、逆戻りする可能性は開かれていたということか・・・。

ということで、結論としては、無味乾燥な論文集ではないと言いたい。

2016年8月24日にレビュー
**********

『奉天三十年』原本(ドゥガルド・クリスティー Dugald Christie著)の初訳は衛藤利夫によるもののようだが・・・

《衛藤は自らの訳本を岩波書店の岩波茂雄に贈った。この書を一読した岩波は、計画中の岩波新書に入れることを吉野源三郎ら編集部に提案した。吉野は帝国図書館からその原本を長期に借り出し、1938年の3月ごろ矢内原に翻訳を依頼した。矢内原はおよそ半年で訳了、同年11月、岩波新書の創刊1・2冊として刊行される(p242)》。

本書には、なぜ岩波が、衛藤訳を採用しなかったか記されている。

暑い夏にはオークション(西尾実国語教育全集:教育出版)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-09-02


奉天三十年(上) (岩波新書)

奉天三十年(上) (岩波新書)

  • 作者: クリスティー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1938/11/20
  • メディア: 新書



人物でたどる日本の図書館の歴史

人物でたどる日本の図書館の歴史

  • 作者: 小川 徹
  • 出版社/メーカー: 青弓社
  • 発売日: 2016/06/30
  • メディア: 単行本



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『記憶の未来:伝統の解体と再生』フェルナン・デュモン著 白水社 [外交・国際関係]


記憶の未来:伝統の解体と再生

記憶の未来:伝統の解体と再生

  • 作者: フェルナン・デュモン
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2016/05/26
  • メディア: 単行本


「このような状況において、(本書を)翻訳して刊行することには一定の意義があるだろう」

カナダの「ケベック(州)でももはや古いという印象をしばしば与える」「これまで日本でほとんど知られていない」人物で、「旧弊的な教会権力やブルジョワを批判するカトリック左派として、静かな革命を担う旗手で」あり、「ナショナリストであった」フェルナン・デュモンの「記憶」「伝統」をめぐる著作である。原著発行は1995年。

グローバル時代の今日とはいえ、カナダ連邦の一地方においても「古い」と目されるローカルな著述家の20年も前の本を、今どき翻訳して世に出す意義について思案させられるところがあるが、翻訳者:伊達聖伸氏もソノ点じゅうじゅう承知しており、たいへん充実したソレだけでお腹いっぱいになりそうな解説をしている。ソンナ著者のソンナ本を世に出す意義を伊達氏は次のように記す。

《原書が出版されたのが1995年である。第二次世界大戦終結から半世紀という節目にあって、冷戦後の世界が形を取りはじめるなか、歴史認識や記憶をめぐるさまざまな問題が西洋でも日本でも議論された年である。その意味で時宜を得ていた本だったと言えよう。//それから20年、グローバル化がますます進展するなかでナショナリズムの巻き返しが文脈を異にしつつも世界各地で起こり、将来の先行きが不透明ななかで戦後70年を迎え、洋の東西を問わず記憶の問題が継続ないし再燃している。//このような状況において、(本書を)翻訳して刊行することには一定の意義があるだろう。デュモンが設定した中心的な問いは、集合的記憶が危機を迎えている現代社会において、「記憶の零度」をまぬがれ、新しいコンセンサスを作り出すにはどうすればよいのか、とまとめられるだろう。この問題に対する彼の回答を端的に言えば、伝統を再建して過去とのつながりをもう一度作り出すことだ、となるだろう (『訳者解説』)》。

『訳者解説』を読んで見えてきたのは、(と、言ってもあくまでも評者の霞んだ目にソノヨウニ見えてきたというに過ぎないが・・)「ケベックの抱えている問題は、どうも他人事(他国事)ではないぞ」という思いだ。イギリス連邦に属するカナダという一国家の一地方州であるケベックは、他の州と異なりフランス語文化圏にある。その関係で、ケベックでは、以前からカナダ(英語圏)からの独立の動きがあるという。独立にあたって、自分たちのアイデンティティを確立する必要があるが、その際、「記憶」の問題が立ちはだかる。《人びとを集めるにはやはり記憶の共有が必要である》。なんらかの共有できる記憶(伝統)を(再度)構築しなければならない。それをめぐる論議は知識人の間で、大きく三様に分かれるという。

視線を(国際連合に属しアメリカ合衆国の極東の一つの州であるカノヨウナ日本語を母語とする)わが国に向けると、故・大森実氏のように日本は本当の意味で米国からの独立を果さなければならないと言う方もいる。中韓等近隣諸国との関係で独立を保つ必要もある。オトナは、他者への敬意を示しつつ、かつ自尊の念を維持し、共存共栄を図るものである。そのためには、(自他共に)共有できる自分たちの「記憶」「集合的記憶」「歴史認識」を構築する必要がある。そういう意味で、ケベックの置かれた立場は参考になるように思った。全然大いにまったくの見当ハズレかもしらないが・・・。

この本は、サンドイッチ状になっている。デユモン全集の編者であるセルジュ・カンタン氏の『記憶の未来ー伝説の解体と再生』という長い序文がまずあって、お仕舞いにこれまた長い『訳者解説』(『記憶の未来』の読まれ方、あるいは、「ポスト・デュモン」の知の勢力図)に、デュモンの講演『記憶の未来』がはさまれるカタチだ。序文・解説と講演がほぼ同量である。カンタン氏は、デュモンの略歴と彼の思想を知るうえで役立つ他の思想家(アーレント、リクール、テイラーなど)との関係を記述している。

2016年7月20日にレビュー

大先輩・大森実さんの「遺言」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2010-05-15
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「海外ノマド入門 ここではない場所で生きていく」ルイス前田  扶桑社 [外交・国際関係]


海外ノマド入門 ここではない場所で生きていく

海外ノマド入門 ここではない場所で生きていく

  • 作者: ルイス前田
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2023/02/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




表紙イメージにあるカラフルな部分は書籍・帯である。それを剥がすとほとんど白地で味気ない。タイトルにグリーンの文字が用いられているように本文印字もグリーンである。おだやかな雰囲気だが、内容は過激だ。ごくフツウに日本で暮らすことを夢見る人にとっては生存の根底を脅かすような内容かもしれない。逆をいえば、こういうノマド生活が島国の日本を飛び出して実際にデキルようになったこと自体、ある意味、朗報と言えるだろう。

著者は「ノマド」について次のようにいう。《解釈を広げて、我々のような日本人をノマドと言う時は「定住先を持たずに、住む場所を変えながら暮らすライフスタイルの人たち」を意味します》。

むかし板前は、包丁一本をサラシに巻いて修行して歩いた(笑)。最近では、薬剤師資格をもつ方が日本全国のドラッグストアを渡り歩いて暮らす話を聞いた。インターネットを介してテレワークができる今日、渡り歩く場所が海外で、生活の拠点が外国であってもなんら不思議ではない。とはいえ、日本とはちがう文化の中での生活となる。いざノマドを始めるとなれば不安になるはずだ。

本書の主要な部分は、実際に(著者を含め)ノマド暮らしをしている方々へのアンケートによって構成されている。その中にはご夫婦もいる。内容がたいへん具体的である。それゆえ、どんな生活が待っているのか、どのような問題が生じうるのか知ることができる。そしてどのように問題を回避し、あるいは乗り越えることができるかも示されている。

ノマド生活を夢見る方にとっては背中を押してくれる本と言える。また、そうでない方にとっては「 ここではない場所で生きていく」人生の選択もあることを知るものとなるだろう。中には単なる興味から手にした本書がノマド暮らしへの足掛かりとなる方もでるかもしれない。


遍歴のアラビア―ベドウィン揺籃の地を訪ねて (りぶらりあ選書)

遍歴のアラビア―ベドウィン揺籃の地を訪ねて (りぶらりあ選書)

  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1998/06/01
  • メディア: 単行本



ベルベル人:歴史・思想・文明 (文庫クセジュ)

ベルベル人:歴史・思想・文明 (文庫クセジュ)

  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2021/09/29
  • メディア: 新書



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北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪 / 安田 峰俊著 [外交・国際関係]


北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪 (文春e-book)

北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪 (文春e-book)

  • 作者: 安田 峰俊
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/02/06
  • メディア: Kindle版



外国人技能実習制度、それは次世代の国づくりに役立つ発展途上国を助ける意図のもとに創設された制度であるらしいのだが、実質的には研修生を受け入れる日本の労働力を補強するものであるようだ。その労働たるやブラックにちかく日本人も忌避するような仕事が多いらしい。それに応じる実習生は、中国人がこれまで主だったものが、いまはベトナム人に移行している。彼・彼女たちは、本書表紙のようなキラキラしたピンク色の夢をいだいてやってくる。100万円もの大金を用意してプロモーターに渡し、それに手続きを頼んで渡航してくる。

いまプロモーターと書いて思い出したが、フィリピン人妻斡旋業者もプロモーターと言わなかっただろうか。本書中にプロモーターという言葉はでていないが、要するに仲介業者である。一番うまい汁を吸っているのはそれら仲介業者であるらしい。

そんなこんなでやって来た日本で、将来性のない仕事を奴隷のごとく強いられ(受け入れ先の会社には制度本来の意図に基づいて研修生を扱っている会社もあるが、そうでナイ会社も少なくないようだ)、ついに紹介された仕事先を逃亡する。そして、同じ母語を話す仲間をSNSで探す。すると仲間がみつかる。なかには「群馬の兄貴」などと称する者のいることがわかる。彼・彼女たちは、同じ母語、文化の仲間たちとコミュニティーを形成する。

本書は、その逃亡奴隷のごときアンダーグラウンドで生活する元技能実習生らを追う。不法在留、無免許運転、事故、事件。どういうわけか、あまり表立って報道されていないようだ。事件を掘り進むと技能実習制度の出来のワルさを表立たせないといけなくなるからかもしれない。どこかで圧力がかかっているのだろうか。著者は通訳とともにアンダーグラウンドに潜入し、報告する。

しばらく前、カトリックの女性によって書かれて話題になった本『置かれた場所で咲きなさい』を思いだした。元技能実習生たちも、結局、置かれた場所で咲くしかなかったということになるのではなかろうか。それがキレイな花ならいいが、そうではナイ場合もある。そうでナイ方の花が、いま日本のあちらこちらで咲かざるをえなくなっているようだ。そのコミュニティーが彼・彼女たちの救いの受け皿にもなっている。

21世紀の一大文明国の基層が変容している。基層がわるければ、上層に異変が生じても不思議ではない。彼・彼女たちは基部構造を食い荒らすシロアリのようなものカモしれない。

以前、サンカの話しを読んだ。北海道の名付け親となった松浦武四郎が旅のなかで病気になったときに、面倒を見てくれたのは当時の日本のアンダーグラウンドに住まうサンカだった。その世話になった人物「郡上の爺」を話題にすると行く先々で「涙こぼるるばかり」の助けを得られたという。そんな話を思い出しながら読んだ。

技能実習制度
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%80%E8%83%BD%E5%AE%9F%E7%BF%92%E5%88%B6%E5%BA%A6

762回 技能実習制度ようやく廃止へ。恥ずかしい現代の奴隷制度
髙橋洋一チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=Q0NEaZVjrKA&list=RDCMUCECfnRv8lSbn90zCAJWC7cg&start_radio=1

日本の「アジール」を訪ねて: 漂泊民の居場所

日本の「アジール」を訪ねて: 漂泊民の居場所

  • 作者: 功, 筒井
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/10/24
  • メディア: 単行本


日本の「アジール」を訪ねて: 漂泊民の居場所
https://kankyodou.blog.ss-blog.jp/2017-01-12-1
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『境界から世界を見る ボーダースタディーズ入門』岩波書店発行 [外交・国際関係]


境界から世界を見る――ボーダースタディーズ入門

境界から世界を見る――ボーダースタディーズ入門

  • 作者: アレクサンダー・C.ディーナー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/04/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



入門書にしてはムズカシイ印象ですが、スケール大きくオモシロイ

世界を見る新たな視点をもつことができれば・・と思い、当該書籍を手に取りました。「入門」とありますので、楽に読めるものかと思ったのですが、思いのほか「むずかしい」。総論となる第1章からして、抽象性が高く観念的です。身近で具体的なものも取り上げて説明されているのですが、スッと入ってこない。それではと「歴史」をあつかっている第2章なら具体的でわかりやすかろうと読みはじめましたが、これもムズカシイ。さらに、読み進めて4、5、6章に入り、現代の具体的事例が取りあつかわれている章に入って、ようやく抵抗をさほど感ぜずに読み進めることができるようになりました。

「ムズカシイ」と感じた原因は、どうも『境界』という言葉を“線”として捉えていたからのようです。要するに、自分の既存の思いが邪魔をしていたということなのでしょう。既存の思いとは、先入観と言い換えることもできようかと思います。『解説』(岩下明裕氏による)で、「境界研究のコミュニティ形成」のはじまりが、米墨国境地域研究として始まった」とあり、その研究会の名称が“ABS Association for Borderlands Studies”とあるのを見て、“線”ではなく“面”としてとらえるべきものであることに気付きました。複数の国家をはじめ、複数の文化やらなにやらが隣接する領域とその境目(境界)をなすもの、また、そこを出入りする人やらモノやら情報やらを研究する学問であると気付いたということです。

境目(境界)は、ちいさなところでは、身近な室内の部屋割りのようなものから、大きなところでは、国境、さらには人工衛星の活動域である宇宙も射程にはいるもののようです。そもそも当該書籍の著者たちは、国際関係論、政治地理学等、政治学、地理学の学位をもつ人たちであるということですので、基本は地域研究ということになるのでしょうが、それにしても、スケールの大きな学問領域です。

目次・見出し
日本語版への序文
1章:世界は境界だらけ// 領域、主権・境界/ボーダースタディーズとは何か/本書の意義

2章:古代の境界と領域//猟採集民の領域性/古代の国家形成/遊牧民集団/都市国家/帝国/柔軟な領域的構造としての古代政治体

3章:近代の国家システム//近代国家の起源/自然による境界からナショナルな境界へ/国民、国家、国民国家/植民地主義と主権/植民地の境界を創出する/国家よりも下位レベルにある境界

4章:境界を引く//過渡期にある国境/グローバル化と領域/国境と安全保障/透過性をもつフィルターとしての国境/国境と主権から見た新しい風景/偶発的な主権/マイノリティの領域と先住民の主権/段階付けられた主権と分離された主権/出現する国境地域(ボーダーランズ)

5章:境界を越える//移民と難民/国境を越えるアイデンティティとコミュニティ/反乱者とテロリスト/犯罪者と警察/ツーリスト・観光・境界

6章:境界を越える制度とシステム/アイディアと情報/超国家主義と地域主義/環境問題と境界/保険と境界/倫理と境界

エピローグ・・・境界に満ちた将来

解説 世界を変えるボーダースタディーズ//世界はボーダーレス?/事例と理論を切り結ぶ/世界のコミュニティ形成/日本における挑戦(岩下明裕 2015年度 境界・国境地域研究学会(ABS)会長)

訳者あとがき/索引/文献案内/関連ウェブサイト

2015年8月27日レビュー


日本の国境・いかにこの「呪縛」を解くか (スラブ・ユーラシア叢書)

日本の国境・いかにこの「呪縛」を解くか (スラブ・ユーラシア叢書)

  • 作者: 岩下 明裕
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2010/01/25
  • メディア: 単行本



「見えない壁」に阻まれて (ブックレット・ボーダーズ)

「見えない壁」に阻まれて (ブックレット・ボーダーズ)

  • 作者: 舛田佳弘
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2015/07/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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