Newton大図鑑シリーズ 古代遺跡大図鑑( ニュートンプレス) [世界史]
対象年齢は小学校高学年からといったところでしょうか。すこし読みがむずかしい語にはルビが付されています。図版、写真、イラストが多く用いられて(図鑑ですから当然ですが)、大人も惹き込まれます。始皇帝陵の兵馬俑の写真など、これまで何度も見てきたつもりですが、映像がクリアであることもあって、たいへん新鮮に感じます。「遺跡」の図鑑ということもあるのでしょうが、建設に関する情報が多く感じます。ピラミッドの建設工程、ローマの遺跡に用いられた「ローマン・コンクリート」、貯水灌漑システム、水利システムについての言及もあります。製本に関してですが、厚手の紙が用いられ糸で綴じられている関係か、受け取った当初から落丁しそうな雰囲気です。子どもに預けておくなら、早晩ページがばらばらになりそうです。それでも、子どもたちに備えて、何をか感じて欲しい本です。ハードカバーの書籍で税込み3300円はお安く思います。
Newton ⼤図鑑シリーズ 鉱物大図鑑 (Newton大図鑑シリーズ)
- 出版社/メーカー: ニュートンプレス
- 発売日: 2022/06/22
- メディア: 単行本
『古代中国の日常生活 : 24の仕事と生活でたどる1日』翻訳:小林朋則 原書房 [世界史]
書籍タイトルからいくと、古代中国ではこうこうこうしたことがありましたと事績を書き連ねたツマラナイ本に思えるかもしれない。ところが、そうではない。中国古代(前漢・王莽支配時)の24の職種に各自1時間を割り当てて描く上質の短編小説シリーズといった印象だ。その文章は五感に訴えるもので、各挿話の末尾には余韻さえただよう。谷崎潤一郎は、その『文章読本』でいい文章を漢詩にたとえたが、まさにそんな感じである。
であるから、古代の生活のあり様を客観的に知る・学ぶというより、その日常に放り込まれる感じだ。当時も今も、庶民のおかれた状況は変わらず、おんなじことで苦労していたのだと思い知らされる。
ちょうど前漢の頃は、技術改革が進んでいた時期なのだそうである。そういう意味でも今日と重なるところがある。時代の波にどう応じるべきか考えさせられもした。
以下、『はじめに』から引用する。【本書では年代を、武帝による諸政策の効果が出て中国社会が長期にわたる経済的・文化的繁栄を享受していた紀元17年に設定している。この時代を象徴する人物が、このとき皇帝の座に就いていた王莽(オウモウ)だ。王莽は漢を簒奪して皇帝となって改革を進めた人物で、彼が登場した時代は、世の中が活気に満ちていて新しいことに積極的に取り組もうとしていた一方、摩擦と矛盾で社会は分断されていた。本書では、そうした社会的摩擦のいくつかを取り上げ、それが徐々に深刻になっていく様子を描いている。(なお、これらの摩擦は最終的に民衆の不安という巨大なうねりとなり、それが最高潮に達した紀元23年には、群衆が蜂起して宮殿になだれ込み、王莽を殺害することになる)〔王莽は国号を「新」と改めたが、原著では王莽時代も含め国号には一貫して「漢」が用いられている。翻訳も原著に従い、国号はすべて「漢」とした〕】
【本書で取り上げた物語は、漢帝国が最盛期にあったときの社会的・経済的生活が織りなす豊かなタペストリーがどんなものだったかを読者に感じ取ってもらうことを目指している。 / どの物語も、大部分は実際の出来事に基づいており、具体的には、・・後略・・】。
原著は英文である。著者の荘奕傑:ソウ・エキケツ(Yijie Zhuang)氏はケンブリッジ大教授とプロフィルにある。自由を得るために中国を出たとも、そのために故国を追われたとも、暗示示唆する一文もないのだが、本書を読んでいて、そんな感じがした。そして、同様に何の根拠もないのであるが、王莽がシューキンペイに重なって見えた。
なにはともあれ、知的かつ芸術的ないい一冊を読了した気分である。
『ショアの100語』文庫クセジュ 白水社 [世界史]
ナチズム関連のコンパクトで貴重な情報源・・
書籍タイトルの「ショア」の意味も知らずに入手した。
「ショア」は、本書の中で立項されていて、そこには次のように記されている。
古代ヘブライ語「ショア」shoahには多くの意味がある。破滅、荒廃、破壊、雷雨、嵐、災害、騒動などである。フルブンやホロコーストのような語とは違って、典礼後や聖性の領域に属する語ではない。中世には、この語は、そのさまざまな意味の、一種の凝縮語である災害と同義語となった。19世紀末、語彙学者エリエゼル・ベン・イエフダ〔1858-1922、リトアニア生まれのユダヤ系ロシア人〕の指導下でヘブライ語が近代化されると、「ショア」はイシューブYishouv〔イスラエル国家建設前のパレスチナに住むユダヤ人共同体〕という、パレスチナにおけるユダヤの原始国家の言語の日常的語彙の一部になった。1930年代には、この語の意味が変化する。・・後略・・
とあるように、言語の歴史的変遷など記されていくのだが、要領を得ない。どうも「アングロ・サクソン世界のホロコースト」と同義にちかいものらしいということは分かる。
翻訳が字義訳にちかいのだろう。こなれた日本語になっていない。フランス語原書を(ある程度解する力があるのであれば)本書と並べて読むと少しは理解しやすいように思う。背景的な出来事など多々記されているが、脚注等用意されていないので、よほどナチズム関連に関心があって、(裏表紙に示されているように)「決まって議論になる」という「言葉の使用の適切さに関して」その正しい理解を得たいと切望する方でもなければ、読み進めるのは(少々大袈裟だが)苦行になるように思う。
とはいえ、歴史的背景や当時の入り組んだ人種問題など知るうえで、たいへん参考になる。一例をあげれば、「ジプシー」の項目に次のようにある。〈ジプシーに対するナチ・イデオロギーは複雑である。ナチは彼らを「アーリア人」と見なすが、また同時に、彼らには泥棒、乞食、詐欺師となるような人種的特性があるとしている。その矛盾に応えるため、ナチズムは大部分のジプシーが人種的混淆によって「アーリア性」を喪失し、人種として堕落していると理論化し、ごく少数者だけがその純粋さを保っているとする。この論拠に基づいて、帝国の擁するジプシー35000人のうち、3万人以上がユダヤ人用に開設されたゲットーか、アウシュビッツ収容所に強制収容され、後者では、ビルケナウのジプシー収容所に集められた。彼らに課された状況は恐るべきもので、大量死を招いた。後略〉
「翻訳者あとがき」に〈本書『ショアの100語』はご覧の通り、ナチズム関連小辞典の観を呈している〉とある。辞典として活用しやすいように、見出し語にフランス語を併記し、あいうえお順で示して欲しいところである。
類書があるか不明だが、無いのであれば、コンパクトな辞典で貴重な情報源ということになる。
2022年3月2日にレビュー
『ルールの世界史』伊藤毅著 (日本経済新聞出版) [世界史]
「あなたはルールをぶっ壊したいと思ったことがありますか」
クイズ番組で出題されそうな面白おかしいネタを満載した内容で、表紙に示されてあるような日本人の知らない世界のルールをあげつらい、網羅的歴史的に示す本かと手にした。が、そうではなく、ルールの誕生と成長、その死と再生をしめすものだった。
最終章(第7章)「ルールの一生」冒頭には次のようにある。〈ルールは人の欲求を開花させるためのコミュニケーション・ツールです。人はルールを使って遊び、スポーツを楽しみ、お金儲けをし、創造活動をしました。/ ルールは、あるときは計画的に、あるときは偶然に、あるときは苦しみながら生み出されました。ルールは人が作り出すものであり、生み出す人によって個性が出てきます。/ 生まれたルールは成長していきます。人々は、より面白くするため、より効果的に、より安全に、ルールをバージョンアップしていきました。/ そして、人間と同じように、ルールには終わりがあります。/ あるときは人々がそのルールを使わなくなることで、あるときはルールが対象とした活動自体が衰退することで、あるときはルールを使う人々が衰退することで、ルールは一生を終えていくのです。/ 最終章では、これまでのルールの歴史を振り返りながら、ルールの一生を考えていきたいと思います〉。
このように引用すると抽象的内容でツマラナイと思われるかもしれないが、先行する章でその具体的な内容が取り扱われる。それはフットボール(ラグビー、サッカー)の話題であり、チューリップバブルであり、東インド会社であり、ウォール街の株価大暴落であり、自動車開発であり・・と多彩である。
しかし、本書は単なる歴史をめぐる著作ではない。プロローグは次のように始まる。「あなたはルールをぶっ壊したいと思ったことがありますか」。さらに本書を書いた目的については、次のようにある。〈わたしたちはルールを変えてはいけないのでしょうか。わたしたち人間は、ルールが先にあってルールによって生かされているのでしょうか。そんなはずはありません。ルールは、人々がコミュニケーションのために作り出したツールのはずです。/ この本は、今のルールを変えたいと思った人や、ルールを変えないといけない人たちのために書きました。/ ルールを変えるためには、ルールについて知る必要があります。本書では、経済活動を中心にそれぞれのルールがどのような目的をもって作られ、そのためにどのようなテクニックを利用したのかを分析していきます。それによって、ルールの変え方もわかってくるはずです〉。
全体に文章は軽快でよみやすい。出版社の宣伝文句には「驚きの 教養エンタテインメント」とある。読者によって「驚きの」度合いはちがうだろうが、読んで楽しむことができる本であることは間違いない。
2022年2月14日にレビュー
ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み (講談社学術文庫)
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/03/16
- メディア: Kindle版
「図説 世界を変えた100の文書(ドキュメント):易経からウィキリークスまで」 創元社 [世界史]
図説 世界を変えた100の文書(ドキュメント):易経からウィキリークスまで
- 作者: スコット・クリスチャンソン
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2018/06/20
- メディア: 単行本
内容的にはモンダイないが・・
『世界を変えた100の・・』とタイトルされているので、 2015年に原書房から刊行された『世界を変えた100の本の歴史図鑑: 古代エジプトのパピルスから電子書籍まで』の同一シリーズかと思った。そちらの本は製本上からも内容的にもたいへん良かったので、同様のものと期待していただけに、すこし落胆した。落胆させられるところがあった。
原書房刊行の『世界を変えた100・・』は、本書よりも大型書籍で、タテ・ヨコそれぞれ2㌢、厚さで5㍉ほど大きい。それだけに見ごたえがある。本書も、ひとつの文書に見開き2ページを利用し、片方のページに文書の写真が掲載されているが、ルーペを持ち出さなければならない。写真・図版がイノチのような本であるから、もう1サイズ頑張って欲しかった。
内容的には、モンダイないが説明が百科事典的(つまり一般的)であるように感じる。すでに、そうした知識を持ち合わせている読者にとっては、目新しい記述は少ないように思う。しかし、なによりも、本書のウリは、「100の文書」の選択に示された著者(スコット・クリスチャンソン)の個性なのであろう。それは、「世界最初の写真」、「ビートルズとEMIのレコーディング契約書」などの文書を選んだことに、表れている。
ちなみに著者は、「全米で最も有能な記者20傑」に選らばれた人物。1947年ニューヨーク生まれの著述家・ジャーナリストであり、学者でもあり、ハーヴァード大、プリンストン大で教鞭をとり、その論文のいくつかは合衆国最高裁判所でも典拠とされている(と「翻訳者あとがき」にある)。そうした人物が、どのような文書を選んだかを見るのも、本書のひとつの楽しみといえる。
本書「序文」に先立って、タイトルの要である「文書」:“document”の定義が示される。その大切な部分に誤植がある。「証拠もしくは証明となる何か」と記載すべきところを「証拠もくしは・・」となっている。出版を急いでの校正の不備ということか。なんであれ、残念である。
2019年6月17日にレビュー
世界を変えた100の本の歴史図鑑: 古代エジプトのパピルスから電子書籍まで
- 作者: ロデリック ケイヴ
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2015/04/25
- メディア: 大型本
100 Documents That Changed the World: From Magna Carta to WikiLeaks
- 作者: Scott Christianson
- 出版社/メーカー: Batsford Ltd
- 発売日: 2015/11/01
- メディア: ハードカバー
書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで フェルナンド・バエス著 紀伊國屋書店 [世界史]
書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで
- 作者: フェルナンド・バエス
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2019/02/28
- メディア: 単行本
書物の破壊は、単なるモノの破壊ではない
「書物の破壊は、公的機関によるものでも個人によるものでも、必ずといっていいほど、規制、排斥、検閲、略奪、破壊という暗澹たる段階を経る」と著者はいう。本、書籍を物理的に破壊するという一連の動きは、単なるモノの破壊ではない。それは記憶の痕跡を消すことだ。著者はボルヘスを引用する。「人間が創り出したさまざまな道具のなかでも、最も驚異的なのは紛れもなく書物である。それ以外の道具は身体の延長にすぎない。たとえば望遠鏡や顕微鏡は目の延長でしかないし、電話は声の、鋤や剣は腕の延長でしかない。しかしながら書物はそれらとは違う。書物は記憶と創造力の延長なのである」。そして、書く。「書物は記憶を神聖化・永続化させる手段である。それだけに今一度、社会の重要な文化遺産の一部として捉え直す必要がある。文化は各民族の最も代表的な遺産であるという前提で物事を理解しなければならない。文化遺産そのものが伝達可能な所有物なのだという思いを人々に抱かせるだけに、領土内の帰属意識、民族アイデンティティを高める性質がある。図書館、古文書館、博物館はまさにその文化遺産であり、各民族はそれらを記憶の殿堂として受け入れている」。そしてさらに、書く。「記憶のないアイデンティティは存在しない。自分が何者かを思い出すことなしに、自分を認識はできない。何世紀にもわたってわれわれは、ある集団や国家が他の集団や国家を隷属させる際、最初にするのが、相手のアイデンティティを形成してきた記憶の痕跡を消すことだという事実を見せつけられてきた」。(以上「括弧」部分は、「イントロダクション」からの抜粋)。
本書は、そのような問題意識をもった人物による著作である。当該翻訳はその最新版。以下に、「最新版を手にした読者の皆さまへ」からも引用してみる。「私の父は『書物と図書館は無処罰特権や教条主義、情報の操作や隠蔽に対処する伏兵だ。その事実を人々はすっかり忘れてしまっているが、けっして忘れるべきではない』と強く主張していたが、彼の言い分は正しかった。抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが “記憶の塹壕” であり、記憶は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ」。「2004年に『書物の破壊の世界史』初版が刊行されると、あまりの反響の大きさに、私は自分が文明の古傷に触れたのを実感した。何よりも書物が伝える記憶の価値を大勢の読者に認識してもらえたことが嬉しかった」。
書物の破壊は、単なるモノの破壊ではない。それは、自分の、われわれの、他者の、彼らの記憶と関係し、アイデンティティの問題に繋がる。書物を破壊する一連の動きが今生じているということはないだろうか。各々のアイデンティティを危うくする事態が進展しているということは、ないだろうか。今、現在、身辺に生じている出来事を吟味する上で過去の事例はおおいに役立つ。
2019年4月13日にレビュー
DARPA秘史 世界を変えた「戦争の発明家たち」の光と闇 シャロン・ワインバーガー著 光文社 [世界史]
事実は、複雑だ・・・
インターネット技術が軍事開発のおこぼれであるように聞いてきた。DARPA(国防高等研究計画局)が、開発したもので、今日われわれが恩恵を受けているものはまだまだある。驚きである。
映画『遠い空の向こうに』(原題:ロケットボーイズ)を見たとき、ソ連の打ち上げたスプートニクが当時の人々にいかに衝撃的なものであったかを知った。本書でその点を再認識した。〈スプートニクの打ち上げはアメリカじゅうでヒステリーを引き起こし、早急な対策を求める国民の声が高まった。そこで、ドワイト・アイゼンハワー大統領は1958年初頭、内輪揉めのあいだにソ連に宇宙開発のリードを許してしまった軍に代わり、新たな宇宙開発の中央研究機関を設立することを承認した。こうして誕生した「高等研究計画局(ARPA)」は、アメリカ初の宇宙機関であり、NASAの8カ月前に設立された。1972年には「国防(Defense)」の頭文字である「D」を冠して「DARPA」と改称され年間予算30億ドル規模の機関へと成長し、今ではスペースプレーンからサイボーグ昆虫まで、数々のプロジェクトを進めている(「プロローグ 銃とカネ 1961」p20〉。
そのDARPAにまつわる人物、その他もろもろについての歴史が本書に展開する。それは、人類のこれからについて考えさせるものでもある。軍事開発に熱心などと聞くと、戦争にむらがり利益をむさぼるイヌのような扱いがなされるが、言わばイヌによるイノベーションが多くの恩恵をもたらし、事実そのおこぼれに預かっていることを知ると複雑な気持ちになる。
翻訳者はいう。「本書の物語は決して小説のように整然としているわけではないし、出来事と出来事の因果関係が明確なわけでもない。読めば読むほど何が正しいのかわからなくなってくる部分もある。でも、事実というのはえてしてそういうものかもしれない(訳者あとがき)」。そういう物語として、読みかつ考えることのできる本だ。
2018年12月26日にレビュー
ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA (ヒストリカル・スタディーズ)
- 作者: アニー・ジェイコブセン
- 出版社/メーカー: 太田出版
- 発売日: 2017/04/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
遠い空の向こうに[AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
- メディア: Blu-ray
「粛清で読み解く世界史」 神野 正史著 辰巳出版 [世界史]
たいへん啓発的で、瞠目
21世紀の現在、日本をとりまく国際関係・国際外交が著者の念頭にはある。すべてはそこに収束していく。単なる歴史的事実を語る本ではない。〈序章〉は〈大国の歴史から見えてくるもの〉であり、その最初の項目は〈19世紀の覇者はイギリス、20世紀はアメリカ、中国は21世紀の覇者たる資格はあるか?〉である。
他国とつきあうにあたっては、その「民族性」を知ることが重要だと著者は説く。その手がかりとして選ばれたのが「粛清」である。著者は問題を提起するだけでなく、説得力ある答えを示していく。過去の粛清の事例に照らして、将来を推し量るよう助けてくれる。
過去と現在とを行き来し、著者は歴史を縦横に語る。その語り口は興味深く啓発的で、「講談」を聞く気分である。これまで、歴史的事実、年表上の出来事として「点」としてのみ把握できずにいたことの深層を知り、他の「点」とのつながりを見出せたのは嬉しい経験。 (以下、章立て「目次」)
序章 大国の歴史から見えてくるもの(表面的な変化に騙されて本質を見誤るな) 第1章 中国における粛清の深層(粛清は王朝安定のためのカンフル剤。一瞬でも躊躇したほうが殺られる社会) 第2章 ヨーロッパにおける粛清の深層(人種差別する“戦闘民族”が神に殉じて実行した粛清史) 第3章 粛清の怪物、爆誕す!(中国の粛清と欧州のイデオロギーの融合がもたらした凶事) 終章 粛清から何を学ぶか(知識を得ることは学問の門前、得た知識をどう活かすかが学問の本髄)
2018年11月22日にレビュー
『渡部昇一の世界史最終講義 朝日新聞が教えない歴史の真実』 渡部昇一×高山正之 飛鳥新社 [世界史]
国際的に、より高い見地から歴史を見るために
副題の「朝日新聞が教えない歴史の真実」からも分かるが(とはいうものの、書籍・表紙にも目次にも、副題の記載はない)、世界史講義というよりメディア史・メディア論の印象が強い。太平洋戦争後、アメリカの占領政策にしたがって朝日新聞、NHKといったメディア・組織が利用され、(また、「敗戦利得者」たちの影響力によって)、今日まで、日本国民が「洗脳」され(誤まった歴史認識をもたされ)てきたことが強調されている。世界史的には、「悪辣な」アメリカと、日本に植民地を奪われ(それら植民地が解放され独立し)た結果「貧乏」になったヨーロッパ諸国、そして、度し難い国としての中国、韓国と、戦前・戦後の日本との関係が対談される。
であるから、「洗脳」されてきた個人が読むなら、啓発とともにショックを受けるにちがいない内容である。しかし、評者のすくない知識(アメリカ合衆国の歴史など)から推しても、受けいられないものではない。アメリカ移民後、彼ら・アメリカ人たちが先住民に対し、後に黒人奴隷やアジア系移民に対して行った処遇から、首肯納得させられるものである。また、本書で取り上げられている多くの事例(たとえばフィリピンをスペインから奪取するやり方、またその後の扱いなどなど)からいくなら、「悪辣」と評するに値する。そのアメリカを高山氏は「白いシナ」と呼んで中国と同列に置く。渡部氏はその理由として「封建時代」を経験していないことをあげる。(ちなみに「中世のないソ連とアメリカが第二次世界大戦を宗教戦争のようにしてしまったからです。宗派が違う敵は悪魔という、三十年戦争の姿に戻ってしまいました」という記述もある)。
個人にも批判の矛先は向けられる。ピュリッツアー賞を受け岩波書店から邦訳された『敗北を抱きしめて』の著者:ジョン・ダワー、本多勝一、慶大教授 添谷芳秀、早大名誉教授 後藤乾一。さらには、以下のような方々への話もでる。
〈渡部:(前半省略)東京裁判史観に取り込まれ、マッカーサーを賛美する半藤一利(文春・元専務)や保坂正康といった人たちが歴史認識の基調を握っているのは危ない。彼らは一所懸命、東京裁判の対象になった人たちに話を聞いて回ったけれども、それでは日本側の動きしか分かりません。 / 個々の戦闘で、日本軍がどうやられたかという話を集成すれば、東京裁判をなぞる結論になってしまう。その前に連合国側が何をしていたか、日本がそういう限られた条件での戦争や戦闘に、そもそもなぜ追いつめられたのか、という情報はシャットアウトしているわけです。 高山:そう、国際性がないんです。日本と米国の動きを上から俯瞰して、それぞれがどうやって動いたのか、その結果として戦争を見ないといけない。(p169、170)〉
半藤氏のことを、立花隆氏が「昭和の戦争をこの方以上に知る人はいない」というようなことをどこかに書いていた。また、保坂氏も同様の方である。しかし、本対談のお二方に言わせるとそういうことになるらしい。その評価について異論はあろうが、国際的に、より高い見地から歴史を見るという点で、本書は読むに値する。
2018年6月29日にレビュー
〈教養としての「ローマ史」の読み方〉 本村 凌二著 PHP研究所 [世界史]
評判どおりオモシロイ
エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』や塩野七海さんの『ローマ人の物語』を読みたいと思いつつ、まだ手を染めていない。なにしろローマ帝国の歴史と同じく、それらの物語もたいへん長い。
本書は、その長い歴史・物語を読み解く助けとなるにちがいない。「こうしたことをきちんと知っておくことが、ローマ史はもちろん、古代史を理解する上ではとても大切なことだとわたしは思います。」、「・・・ということが、ローマの特筆すべき特徴なのです」といった記述がある。本書のタイトルに「読み方」とあるとおりである。まさしく、長大なローマを読み解く「読み方」が示されていて、それを知ると知らないとでは、解けるものも解けなくなるにちがいない。
評者の関心は、イエス・キリストが生きた時代、その弟子たちの時代、ユダヤをその支配下においていたローマ帝国の気風とはいかなるものであったのか、ローマ人はどんな精神の持ち主であったのか、というところにある。そうした観点からいっても、ナルホドと思わせる情報が提供されている。
「佐藤優氏推薦!」はダテではないし、佐藤氏のみならず推薦に値する書籍であるように思う。
2018年6月19日にレビュー
ローマ人の物語 全17冊セット (全15巻+「ローマ亡き後の地中海世界」上・下巻2冊)
- 作者: 塩野 七生
- 出版社/メーカー: 新潮社
- メディア: 単行本