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『昔ばなし大学ハンドブック』小澤俊夫著 NPO読書サポート発行 [民俗学]


昔ばなし大学ハンドブック

昔ばなし大学ハンドブック

  • 作者: 小澤俊夫
  • 出版社/メーカー: 読書サポート
  • 発売日: 2016/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「昔ばなし大学」のエッセンスを伝える本

著者は「メルヒェンと呼ばれる口承伝承による昔話の研究(を)特に専門」とするドイツ文学者(ウィキペディア)。

当該書籍は、著者が開設した講座「昔ばなし大学」のエッセンスを伝える本。昔ばなしの内容・メッセージそのものよりも、その語り口、語る方法に着目した書籍。

《昔ばなし大学の目的とするところは、「学ぶ人が、昔話本や昔話絵本の良し悪しを見分ける耳と目を養うこと」にあり》、そのためには《そもそも昔話とは何か》、《そして特に、昔話の語り口は本来いかなるものなのか、という具体的な問題に取り組まなければならない》と、著者は述べる。そのようにして吟味すると、《グリム童話は常に人気がありながら、ディズニー絵本などによって、極めて歪められている》ことに気づくことになる。元来伝えられるべきことを伝えそこなっていることを悟ることになる。

語り伝えられてきた昔話の個々の「語り口」を調べていくと、そこにはある法則性が見出される。著者は、スイスのマックス・リュティの理論は、日本の昔ばなしにも適用できるという。ヨーロッパの昔話も日本の昔話も共通するものがあるということだ。それには、「一次元性」「平面性」「抽象性」「数の固定性」「言い回しの固定性」「孤立性と普遍的結合の可能性」「純化と含世界性」などがある。そのように記すとたいへん難しそうだが、たいへん丁寧にやさしく繰り返し解説されている。その際、具体的に、グリム童話の『白雪姫』『ホレばあさん』などが用いられる。

長く読み継がれ語り継がれる昔ばなしのメッセージ・内容が、名称を変えて広く諸国に見出されることについては、ユングの「集合的無意識」や「元型」との関連で論じられた書籍を見出すことができるが、その「語り口」の共通性に着目した本は(当方にとって)はじめてで、興味深く読むことができた。昔話を子どもに語り聞かせることを願う方や昔ばなしを発掘し、再話しようとする方にとってだけでなく、口承文藝一般に興味ある方にとっても有用だと思う。

2016年6月8日に日本でレビュー

日本人の心を解く――夢・神話・物語の深層へ (岩波現代全書)

日本人の心を解く――夢・神話・物語の深層へ (岩波現代全書)

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/06/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社+α文庫)

昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社+α文庫)

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/02/15
  • メディア: 文庫



小澤征爾,兄弟と語る: 音楽,人間,ほんとうのこと

小澤征爾,兄弟と語る: 音楽,人間,ほんとうのこと

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2022/03/18
  • メディア: 単行本



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*首塚・胴塚・千人塚 日本人は敗者とどう向きあってきたのか』室井康成著 洋泉社 [民俗学]


首塚・胴塚・千人塚 日本人は敗者とどう向きあってきたのか

首塚・胴塚・千人塚 日本人は敗者とどう向きあってきたのか

  • 作者: 室井 康成
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2015/11/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



本書の目的は「(首・胴)塚に仮託して語られる、人々の戦死者に対する想いを掬いあげること」

戦いによって敗者となり、殺され処刑された(あるいは、自決した)人々の、身体から切り離された首や胴体のその後の行方を追う(「大化の改新」から「西南戦争に至る)「通史」。もっとも、もっぱら取り上げられるのは、史料ではなく、それらの首・胴体にまつわる言い伝え「伝承」である。それゆえ、史実、事実に基づく歴史というより、民俗学の範疇に入る。

著者は、『はじめに』(p4)で、その点を次のように述べる。〈塚の歴史的真贋がどうであれ、そのいわれを説く伝承からは、これを語り伝えてきた人々の、過去の戦死者に対する想いを汲みとることができると考える〉、さらに『序章』(p23)で次のように記す。〈本書は、戦死者の亡骸を埋葬したとされる塚の伝承を論じるものの、その真偽や形成過程を歴史学的に明らかにすることを目的としていない。それは、私が柳田国男と同様、そうした伝承は「人が信じて居るということ」(柳田)にこそ、その意義があると考えるからだ。換言すれば、塚に仮託して語られる、人々の戦死者に対する想いを掬(スク)いあげることが、本書の目的だからである。〉

取り上げれている首・胴の持ち主は 1章 蘇我入鹿、2章 大友皇子、3章 平将門、4章 平忠度、平敦盛、平重衡、平宗盛、平清宗、源義経、5章 楠木正成、新田義貞 6章 鳥居元忠、大谷吉継、島津豊久、小西行長、安国寺恵瓊、長宗我部盛親、7章 井伊直弼、近藤勇、大村益次郎、江藤新平、西郷隆盛

著者は、『日本書紀』『将門記』『平家物語』『関ヶ原始末記』『大久保利通日記』等の史料や他の論者の先行研究を引きつつ、自ら現地に赴いた印象を「私見」と明示してはさみながら論じていく。著者が「(西郷の墓所について)それが史実でないとわかっていても、そうあってほしいと願う感情を、私はどうしても抑えることができなかった」と記すとき、読者として無理なく「その想いを汲みとることができる」。

勝者によるオモテの歴史ではなく、日本の歴史のウラを(敗者をめぐる伝承から)包括的にとらえた著作として高く評価したい。

2016年3月1日レビュー


首切りの歴史

首切りの歴史

  • 作者: フランシス・ラーソン
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/09/15
  • メディア: 単行本



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「村の社会学 日本の伝統的な人づきあいに学ぶ」(ちくま新書)鳥越皓之著 [民俗学]


村の社会学 ──日本の伝統的な人づきあいに学ぶ (ちくま新書)

村の社会学 ──日本の伝統的な人づきあいに学ぶ (ちくま新書)

  • 作者: 鳥越皓之
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2023/02/09
  • メディア: Kindle版



「むら」については、あまりよく言われない。閉鎖的、排他的などが、その理由だ。しかし、その地域の気候・風土を反映し歴史によって醸成されてきた文化が、そこにはある。その共同体としての望ましい面が本書で明らかにされる。「むら」を旧弊なものとして安易に退けてしまっていいのだろうかと考えさせられる。

本書のタイトルに「村」とあるが、行政区分としての「村」を指す時「村人」は「ソン」というのだという。近代が「むら」に侵入して変化を求められても、変えられない部分がある。その変えられない部分、折り合いをつけながら暮らすところに光があてられる。

こんにち、自分の経験として「むら」における生活を語れる人はどれほどいるだろう。葬儀を葬儀社に丸投げして家族だけで済ますなどというのでなく、「むら」の住人が遺族に替わって通知を出し、あるいは届け、弔いにきた親族らに煮炊きして馳走し、弔いが終わったなら、今度は遺族がお手伝いをしてくれたむらの住人を接待して感謝をしめす。今から考えれば面倒くさいといえばメンドクサイが、そうした中には知恵が働いていた。いわば、保険である。

本書はそのような「むら」の再考・再興の書といっていい。


自然の神と環境民俗学

自然の神と環境民俗学

  • 作者: 皓之, 鳥越
  • 出版社/メーカー: 岩田書院
  • 発売日: 2018/01/01
  • メディア: 単行本



地域自治会の研究―部落会・町内会・自治会の展開過程 (関西学院大学研究叢書)

地域自治会の研究―部落会・町内会・自治会の展開過程 (関西学院大学研究叢書)

  • 作者: 鳥越 皓之
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 1994/02/10
  • メディア: 単行本



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『旧暦読本: 日本の暮らしを愉しむ「こよみ」の知恵』岡田芳朗著 創元社 [民俗学]


改訂新版 旧暦読本: 日本の暮らしを愉しむ「こよみ」の知恵

改訂新版 旧暦読本: 日本の暮らしを愉しむ「こよみ」の知恵

  • 作者: 岡田 芳朗
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/11/26
  • メディア: 単行本



旧暦に関する総合的な情報を得ようと思うなら・・
お天気情報などで紹介される「啓蟄」などのいわれを知ってスローな生活に役立てることができれば・・、古典文学にでてくる旧暦にかかわる情報を理解する上で役立つのでは・・という思いから手にしたのですが、けっこうマニアックなのにびっくりしました。天文学的知識に基づいて『暦』が成立するわけですから、天文学的情報が紹介されるのは当然ですが、たいへんマニアックな印象です。もちろん解説はなされているのですが、「黄道」「黄経」「春分点」「秋分点」「近日点」などの用語も出てまいります。

本書の構成は、前半においては、旧暦(太陰太陽暦)と呼ばれる、月の朔望(満ち欠け)をもととし、太陽の運行(四季)を併せて組み立てられた複雑な暦法の仕組みについての解説、後半は、旧暦に付随した暦註、特に日の吉凶に関する、いわゆる六曜九星などの占いについて言及するものとなっています。

著者もあとがきで記しているように、「各章とも大きなテーマを二項対立式に絞り込んで設定しておりますので、叙述が多少なりとも駆け足になったところもあ」り、「平易に、簡潔に、面白く を心掛け」てはいるものの、腰を据えて取り組む覚悟がないと、少々むずかしく感じられるところもあるかもしれません。取り組む相手が大きいだけに、そこから宝を掘り出そうとするからには、それもまた当然かもしれません。

それでも、『旧暦』についての歴史(中国から導入され、その後、日本各地に広まった伝播の)/ 太陰太陽暦とはどんな歴法(太陽暦、純粋な太陰暦暦法との比較)か/ 旧暦から派生するものごと(二十四節季、七十二候、十干、十二支、十二直、二十八宿、雑節、五節句等)が総合的によくまとめられていると思います。索引もついていますので、手元に置いて必要に応じひもとくこともできようかと思います。

2016年1月29日レビュー


日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし―

日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし―

  • 作者: 白井 明大
  • 出版社/メーカー: 東邦出版
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



天文年鑑 2023年版

天文年鑑 2023年版

  • 出版社/メーカー: 誠文堂新光社
  • 発売日: 2022/12/12
  • メディア: Kindle版



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*碇(いかり)の文化史』石原渉著(思文閣出版) [民俗学]


碇の文化史 (佛教大学研究叢書)

碇の文化史 (佛教大学研究叢書)

  • 作者: 石原 渉
  • 出版社/メーカー: 佛教大学
  • 発売日: 2015/03/30
  • メディア: 単行本


比喩としての「アンカー」の理解がいや増す

リレーの最終走者を「アンカー」といいます。「アンカー」という言葉からは、なにか重要な役割を担っている感じがあります。アンカー(anchor)を訳せば「碇(いかり)」です。文字通りの「碇(いかり)」が、航海・操船するうえで、船具としてどのような役割を果しているかを知るならば、比喩としての「アンカー」の理解もいや増すであろうと、「碇」をキーワードにネット検索しましたが、この本以外に役立ちそうな本がありません。アマゾンの「内容紹介」欄に「先行研究は希薄」とありますが、本当にナイもようです。

「はじめに」で、著者は執筆動機を次のように記します。「海の象徴といえば、誰しも思い浮かべるのは船や波そして鴎などの海鳥だが、船の象徴といえばまず浮かんでくるのが碇である。これは世界共通のことであり、とくに海事関係の企業、すなわち海運会社や水産会社の社章や社旗に碇をデザインするものが多い。また、世界各国の海軍は伝統的に碇を徽章としている。//では、碇とは船にとってそれほど大切なものなのだろうか。船には帆もあれば、櫂や舵、ロープや旗など、ほかにいくらでも船具はあるはずである。ましてや水上の移動手段である船にとって、動くための道具こそが重要であるはずだ。それに比べて碇とは、その船を固定するさいに用いる道具である。動くことを規制する道具なのに、なぜ人々は船の象徴として思いを馳せるのだろうか。碇の研究は、このような疑問から始まった」。

そして、これでもかというくらい密度の濃い調査研究の成果を披露してまいります。「歴史学という大きな枠組みの中から、ときには考古学的な見地から出土遺物をとらえ」、また、あるときには、文献資料(「万葉集」等)、絵画資料を駆使し、民俗例、伝承、風俗まで視野に入れながら、碇に焦点を当て、「単なる繋船具というだけでなく、碇の変遷を通してみえてくる文化史を浮き彫りにし」ています。

終章の「おわりに」で、著者は「わが国におけるイカリの変遷から、各時代における形態の変化、さらには石の碇や木碇から鉄の錨へと移り変わった理由を論述してきた。そこにあったのは、海に従事する人々への碇への改良と工夫に対する思いだった。//古来、「船板一枚、底は地獄」という諺がある。つまり海に生きる人々は常に危険と対峙した中で生活を送らざるをえなかった。そこには果てしない時の流れを越えて、いつの時代にも共通する概念がある。そしてそれは船の安全を守るための碇への信頼と、危機に直面しては、碇へ託す生還への希望があった。したがって人々はより安全性が高く、より堅牢で操作性の優れた碇を希求したのである。//丸木舟を碇泊させる程度の機能をもったイカリは、自然礫を簡易加工した程度のもので事足りたことだろう。しかし船の大型化が進み、波涛を越えて外洋に出て行く人々にとって、船とそのイカリは、みずからの生命を託するものであった。やがて・・・」と、記します。

リレーの最終ランナーには、希望が託され、報道のアンカー(マン)には、締めくくりの重要なマトメ役がゆだねられ、たしかに「碇(いかり)」のたとえはふさわしいといえます。聖書にも、希望のことが「魂の錨(いかり)」と表現されていますが、当該書籍をとおし、ナルホド納得の思いをいたしました。

2015年9月4日レビュー

『しんがりの思想』刊行 鷲田清一さん
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-07-25

以下、目次

序章//1.研究の視点/2.研究の方法/3.船の発達史(船の発展段階・先史時代の船・歴史時代の船)

1章 先史時代のイカリ//1.イカリと錘/2.先史時代の礫石錘に関する研究史/3.縄文時代の礫石錘(伊木力遺跡・ほか遺跡名省略)/4.弥生時代の礫石錘(原の辻遺跡、ほか遺跡名、省略)/5.礫石錘の形態分類/6.先史時代のイカリに関する考察

2章 古墳時代の古代のイカリ(碇)//1.古墳の線刻画にみるイカリの表現/2.舟形埴輪にみる古墳時代の船/3.後世に描かれた船とイカリの線刻画/4.古墳時代のイカリ/5.文献にみる古代の沈石・重石/6.船戸遺跡から出土した古代の碇7.イカリという名称/8.絵画資料にみる遣唐使船と碇の資料/9.考察

3章 「入唐求法巡礼行記」にみる碇(石ヘンに丁)//1.承和遣唐使節団の派遣にいたる経緯/2.承和遣唐使節団の航海/3.長江河口における碇の使用例/4.新羅船による沿岸航路上における碇の使用例/5.座礁時における碇の使用例/6.文登県清寧郷赤山村における碇の補充/7.「入唐求法巡礼行記」にみる碇に関する記載と考察

4章 中世の碇//1.日本国内出土の碇石とその研究/2.中国国内の碇石の変遷/3.長崎県松浦市鷹島町沖出土の碇石/4.海底に埋没していた大型碇の出土/5.碇石の諸形式ー分類と編年ー/6.蒙古襲来時の蒙古軍船とその碇

5章 中世和船の碇//1.絵画資料に描かれた和船と碇/2.出土した碇石/3.出土した碇身

6章 鉄製錨の登場とその原因//1.中国における鉄製錨の登場/2.日本における鉄製錨の登場/3.「錨」という表記/4.碇を喰ったフナクイムシの存在/5.素材からみた碇の変遷

補論 茨城県、南西諸島、沖縄本島で発見された碇石//1.茨城県波崎町の碇石/2.碇石の由来/3.南西諸島および沖縄本島近海から発見された碇石

終章//1.先史時代のイカリ/2.古墳時代のイカリと古代の碇/3.古代の用錨法/4.中世中国船の碇と和船の碇/5.鉄錨の登場/6.素材からみた碇の変遷/6.構造からみた碇の変遷/7.用途からみた碇の変遷

(章ごとに、「はじめに」と「おわりに」があるが、省略して表記)あとがき、挿図一覧


碇の文化史 (佛教大学研究叢書)

碇の文化史 (佛教大学研究叢書)

  • 作者: 石原 渉
  • 出版社/メーカー: 佛教大学
  • 発売日: 2015/03/30
  • メディア: 単行本



つづく


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身体の大衆文化 描く・着る・歌う KADOKAWA [民俗学]


身体の大衆文化 描く・着る・歌う

身体の大衆文化 描く・着る・歌う

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/11/12
  • メディア: 単行本



もっと容易に読めるものと思いましたが、むずかしい。寝転がって読む本ではありません。そのまま寝てしまいます。大衆文化における身体と表現をめぐる論文集成です。取り上げられる個々の事象(春画、血みどろ絵、妖怪、コスプレ、絵馬、車いすなど)についてのオモシロイ大衆文化史として読むこともできようかと思いますが、総じての印象は「オモむずかしい本」と言えます。内容をまとめると帯に示された一文「人々はいかに表現し、身体の可能性を広げてきたのか」に集約されます。「序 身体とメディアをめぐる大衆文化論」には、本書の企図するところと後につづく10章の位置づけが示されます。それは「身体を表現する」「身体を読み替える」「身体に回帰する」に収まります。序文をよくよく理解して臨むと得るところ大であるように思います。ちなみに評者は「クイア論」なるものを本書で知り、興味をもちました。(以下に本書「序」文冒頭部分を引用します。以下引用です)。

私たちは、日々、身体を用いて物事を捉えている。現代でこそ、視覚による情報が圧倒的に優位を占めているが、かつては必ずしもそうではなかった。手足を使い、身体を動かし、五感ー視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚といった身体感覚を駆使して、身の回りの世界を把握しようとしてきた。さらに五感に収まりきらない「第六感」も大いに働かせて、見えないものを感じ取ったり、絵を描いたり、歌ったり、踊ったり、着飾ったりして、自らを表現してきた。また身体を使うと同時に、その延長上にさまざまな道具や技術も進化させてきたのである。これらの道具や技術こそ、身体と世界を媒介するメディアであると言える。/ 本書では、人々が身体を用いてどのように身の回りの世界について表現してきたのか、「大衆文化」の視点から明らかにする。/ 本シリーズに先立ち刊行された『日本大衆文化史』に示されているように、何かを語る、すなわち「発語」するのは、専門家や作家といった固有名詞を持つ者だけの特権ではなく、「大衆」もまた「発語」する主体として、文化をつくることに深く関わってきた。ここで「大衆」は、「群れとしての作者」として捉えられる。/ また本シリーズ第二巻『禍いの大衆文化ー天災・疫病・怪異』では、「群れ」としての大衆文化の「作者」と、「群れ」としての大衆文化の「享受者」は協同・共犯関係にあり、この関係を支えているのは、快楽やカタルシスなどのさまざまな「欲望」であるとしている。そして「群れ」としての「作者」と「享受者」は、同じ「欲望」に支配されているという点で深く結びつき、その両者を媒介したのが、マス・メディアすなわち大量に情報(文化表象)を送り出す媒体であったとしている。/ これらを踏まえ、本書での大衆文化を分析する視点を示しておきたい。/ まず、「大衆文化」を論じるにあたって、身体をより大きな文脈で捉える点を強調したい。道具や技術は、広い意味で「身体」とみなすことができる。この考えは人間の諸器官の能力を拡大し、また代替する技術に注目したマクルーハンの文明論につながる。彼は、メディアは人間の身体の拡張であると宣言し、メディアの変化が、私たちと世界のつながり方を変え、人々の世界観をも変えていく、つまり身体とメディア、そして人々の世界観は切り離すことのできない関係にあると主張した。このように捉えることで、私たちは生まれながらの身体の制約から解放され、道具や技術といったメディアによって、「身体」の可能性を拡大することができると言える。/ この視点から、現代の「大衆文化」に目を向けると、たとえばSNSは、私たちと世界のつながり方を変え、身体の新たな可能性を実現するとい点で、圧倒的な影響力のあることは、改めて指摘するまでもないだろう。/ 私たちは現在、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックのただなかにあり、行動を制限されながら、テレワークなどを駆使しつつ社会活動を維持している。ますますメディアに身体を委ね、または委ねなければならない情況にあり、メディアと身体の関係、また身体そのものをも考え直す必要に迫られていると言える。
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「日本周遊奇談」井上円了著 国書刊行会 [民俗学]


日本周遊奇談

日本周遊奇談

  • 作者: 井上円了
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2022/11/16
  • メディア: ハードカバー



井上円了は哲学館大学(現、東洋大学)の創設者である。その名を聞くと評者は、東京中野区にある哲学堂や妖怪学、それに卒業生である坂口安吾を想起する。本書をとおし「旅の巨人」としての井上について知ることができて評者は嬉しい。井上は講演のため日本全国、台湾、満州、樺太にまで赴いた。まだ交通手段が十分に発達していない頃である。まだ日本が均一化されていない時代である。それぞれの地域が互いに対して異国のような状態の頃である。暑さを理由に人力車の車夫に仕事を放棄されるというような経験をしながら、井上は旅をつづける。行く先々でオモシロイ話オモシロイ出来事に出会う。それを収集したのが本書である。425の話が掲載されている。いまはどこに行っても同じ商業施設があったりで、どこもかも同じような風景になってしまっているが、旅をするとはこういうことだと思い知らされる本でもある。本来は旧字旧かなだが、読みやすくされている。

以下は引用。

343 不得要領 // 千葉県東金町にて書斎の額面に「不得要領」の四字を記せんことを望まれた。かかる文字を額面に掛ける人の心底こそ不得要領なりと思い、その理由を尋ねたれば、年来世人の言う所、おこなう所、一つとして己の意に通じず、不平に堪えず、ために平素煩悶に苦みしが、ある時友人の忠告に、君は世間をもって要領を得たるものと思うゆえに、自ら招いて苦悶するのである。然るに世間は真に不得要領のものである、人間万事不得要領と思っているがよい、といわれて自ら大いに悟り、その後は不平も煩悶も起こらないようになった。よってこの語を書斎に掲げて慰安するつもりである、との答であった。広い世間には奇なる慰安法もあるものじゃ。

東洋大の創立者・井上円了没後100年 「諸学の基礎は哲学にあり」
https://www.sankei.com/article/20190606-A5GUBQOTTRKFNHXGGZDYGYUDPA/
(以下は、上記webページからの引用)
全国行脚し講演 / / 日本の近代化のためには哲学が最も大切と考えた円了は、高等教育の学生だけでなく、哲学の伝道者として民衆へ広める活動にも着手する。/  47歳で哲学館大学長を辞任し一介の教育者となった円了は、全国各地を回り講演を行う。それ以前にも各地で講演をしていたが、特に学長辞任後は、記録が残る死去前年までのわずか13年間に、全国の市町村の約6割を回り、5291回もの講演を行っている。

「宮本常一の旅学 : 観文研の旅人たち」福田晴子著 八坂書房
https://kankyodou.blog.ss-blog.jp/2022-11-30

日本人に哲学を広めた男 井上円了

日本人に哲学を広めた男 井上円了

  • 作者: 三浦 節夫
  • 出版社/メーカー: 教育評論社
  • 発売日: 2022/10/04
  • メディア: 単行本



井上円了: その哲学・思想

井上円了: その哲学・思想

  • 作者: 竹村 牧男
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本



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「宮本常一の旅学 : 観文研の旅人たち」福田晴子著 八坂書房 [民俗学]


宮本常一の旅学 : 観文研の旅人たち

宮本常一の旅学 : 観文研の旅人たち

  • 出版社/メーカー: 八坂書房
  • 発売日: 2022/07/25
  • メディア: 単行本



副題にある「観文研」とは、近畿日本ツーリストの馬場勇が、宮本常一を所長として1966(昭和41)年に設立した「日本観光文化研究所」の略称。

本書にある「旅」とは、いわゆる「観光旅行」ではなく「たび」である。イイ旅館に泊まって美味しいものを食べてお決まりの景色を見て帰るという消費行動ではない。「観文研」が発行した機関紙の表題にあるように『あるく みる きく』(発行期間1967年~1988年)という行動をとおして学び、学んだことを社会還元する営為である。

雑誌『あるく みる きく』はシロウト集団に託された。旅に出た若者たちがみずから執筆し、編集し、発行した。まだ海の物とも山の物ともつかぬ若者たちが、「観文研」で得た経験をとおして、巣立っていった。旅が彼ら彼女たちを大きく成長させた。「旅を通してその知見を深める独学のメソッド」フィールドワークの方法は宮本常一から伝わるものだ。

雑誌の内容は主に民俗学的なものである。観光旅行の明るいはなやかなイメージとはかけ離れている。よく馬場勇は許したものだと思う。逆に馬場のような、カネはだすが口はださない太っ腹な後援者を得て、はじめて成立したのが「観文研」であり機関紙『あるく みる きく』ということになるのだろう。つまり、企業利益重視の今日であれば成立しえない団体であり、雑誌ということになる。

可愛い子には旅をさせよ、という。若い時に旅をせねば年老いて語ること無し、という言葉もある。若い人たちを旅に出したくなる本であり、旅に出たくなる本である。(以下、引用)

「旅? うーん・・。やっぱり大げさに言えば、人生だろうな。非常に印象に残る言葉があるんですけどね。旅は‟他人の火”と書く、と。よそへ行って、人さまの火を借りて、煮炊きする、生きる。そういうことが、旅の語源ではないか、という説を聞いて、ははあ、なるほどと思ったことがあります。/ 確かに、人さまの生き様を見つけるのが旅だ。これが、私の人生にどういう影響を与えるのか考えるのが旅だ。私はそういうふうに旅を思っています。簡単ですけど」(伊藤碩男)p101

旅行や観光は一般に「消費」行動とみなされるが、こうした旅行は生産的な「投資」だ。場合によっては失うものも大きい博打だが、大局的には必ず資産となる。せめて若いうちに一度、できれば生涯に何度でも経験したい。/ 「やっぱりね、広い世界を見た人間ってのはものすごい、今も昔も大事なんですよ。そういう人間、旅人の目が世界を開くと』(加曾利隆)p315

旅をせずば老いては何を語らん、という。 / かつて旅人を「世間師」と呼んだことを思い出したい。(中略)旅に遊び、旅に学び、旅ができる社会をどうつくっていくかが、問われている。p316


宮本常一:人間の生涯は発見の歴史であるべし (ミネルヴァ日本評伝選232)

宮本常一:人間の生涯は発見の歴史であるべし (ミネルヴァ日本評伝選232)

  • 作者: 須藤 功
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2022/05/16
  • メディア: 単行本



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「ヴァンパイアと屍体 新装版—死と埋葬のフォークロア」工作舎 [民俗学]


ヴァンパイアと屍体 新装版—死と埋葬のフォークロア

ヴァンパイアと屍体 新装版—死と埋葬のフォークロア

  • 出版社/メーカー: 工作舎
  • 発売日: 2022/05/26
  • メディア: 単行本



ヴァンパイアといえば吸血鬼、吸血鬼といえばドラキュラ。ドラキュラといえば、クリストファー・リー。クリストファー・リーといえばドラキュラ伯爵。リーが演じたドラキュラ映画に背筋を凍らせた方は少なくないはず。スマートな紳士が美女のくび筋に食らいつく。首にのこした歯のあとが2つ。血がしたたる。

そういうイメージとはまったく異なるヴァンパイア像が本書で提示される。本書で、というよりヨーロッパでそのように信じられたヴァンパイアに関する報告:文書が複数示される。そこでのヴァンパイアはもっぱら太った農夫となる。そして、その災厄が身におよんだと信じこんだ人々は、墓を暴いてヴァンパイアを(死んだ人間を再び)殺した。その心臓に杭を打ち込んだりした。・・・

無知蒙昧と笑うなかれ。そういう愚かしいことを信じて愚かしいふるまいをするのが人間であるぞと教えてもらえる。自分もその時代にそこにいたなら同じふるまいをしたであろうことを考えると、いま何をかを信じている自分自身を反省する材料ともなる。

・・というのは一つの読み方であって、いろいろな読み方ができる。法医学等に関心のある方は、特に楽しめることと思う。

スティーヴン・キングの憑き物を落とすために
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2010-11-02-1


死の舞踏―ホラー・キングの恐怖読本

死の舞踏―ホラー・キングの恐怖読本

  • 出版社/メーカー: バジリコ
  • 発売日: 2004/04/01
  • メディア: 単行本


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「柳田國男先生随行記」今野圓輔著 河出書房新社 [民俗学]


柳田國男先生随行記

柳田國男先生随行記

  • 作者: 今野圓輔
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2022/03/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



民俗学者柳田國男(満66歳時)の講演旅行に随伴した方の記録である。旅行記であると同時に、講演の要旨・座談会の様子が示される。昭和16年の太平洋戦争開戦直前、その11月13日から11月28日までの汽車と船の旅である。「新宿午前8時発松本行準急行に乗って塩尻乗り替え」で、木曽路を通って名古屋へ、奈良を経て京都、神戸、瀬戸内海航路で別府、別府から小倉、熊本、長崎、阿蘇に至り、目的を果たして帰京する始終が記される。

筆者は折口信夫の弟子であるから、随伴するのはその先生であり、大先生である。その大先生に目を留められて随行者として選ばれたということはたいへん嬉しいことであると同時に、さぞや緊張したにちがいない。そのあたりのことも正直に記されている。

本書は、当時の師弟関係というものが、どういうものか知ることができる資料ともなっている。結局、筆者は随行者として大先生からお叱りを受け、旅行の最終日に「落第」を宣言される。要するに、しくじってしまう。ところが、その原因については、憶測できるが明示されてはいない。ただ、そうではあっても、師弟関係は最晩年・大先生の亡くなるまで続く。生身の人間が全人格をかけた一生の関係を築くということは、そういうことなのだろうなと思うところ大であった。

旅行愛好者、鉄道ファンは、戦前の汽車の旅がどのようなものか知ることができる。柳田大先生は、行く先々でそれまでの旅の知見等を弟子である筆者に語って聞かせる。当然、民俗学的話題も出る。たとえば、以下のようなものだ。

「僕が十三のとき、はじめて播州を出て東京へ出たんだが、家で雇った人力(車)に乗って、十五里かそれ以上もかけてここ(神戸)まできた。そのときは、須磨から半里ほど田圃ばかりで、兵庫の村があり、それからまた神戸まで半里ばかり田圃だったよ。神戸から汽車に乗ったんだが、そのころのバンドは土手でね、湊川神社の森があるだけだった。神戸の村は、どこか山よりにあることは昔からあったらしいんだが、僕の叔父のころは、道傍に(徳川)光圀(1628~1700)の建てた楠公の碑がポツンとあるきりだったそうだね(p150)」

〈ヅクナシは、北のほうへ行くと内容が変わって、無能に近いぶさいくなことの意味です。東北では臆病です。ヅクは、青年らしいしっかりした内容らしい。そしてこれも、だんだん(聞き書き等を)集めてみますと、背骨のことらしい。大ヅクのある奴というのは、細かな仕事はできないが、いざというときに、仕事をまかせられる男です。小ヅクは、よく気のつく小まめな好青年の意味です。「長崎医大での座談会」p128〉

最近NHKラジオで「柳田国男の故郷七十年(2021年9月13日~10月15日放送)」を聴いた。幼少時からの自伝的作品で、ほのぼのとした気持ちになった。本書も、柳田國男の風貌・人柄を知るのにたいへんいいい作品である。


故郷七十年 (講談社学術文庫)

故郷七十年 (講談社学術文庫)

  • 作者: 柳田 國男
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/11/11
  • メディア: 文庫



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