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「柳田國男先生随行記」今野圓輔著 河出書房新社 [民俗学]


柳田國男先生随行記

柳田國男先生随行記

  • 作者: 今野圓輔
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2022/03/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



民俗学者柳田國男(満66歳時)の講演旅行に随伴した方の記録である。旅行記であると同時に、講演の要旨・座談会の様子が示される。昭和16年の太平洋戦争開戦直前、その11月13日から11月28日までの汽車と船の旅である。「新宿午前8時発松本行準急行に乗って塩尻乗り替え」で、木曽路を通って名古屋へ、奈良を経て京都、神戸、瀬戸内海航路で別府、別府から小倉、熊本、長崎、阿蘇に至り、目的を果たして帰京する始終が記される。

筆者は折口信夫の弟子であるから、随伴するのはその先生であり、大先生である。その大先生に目を留められて随行者として選ばれたということはたいへん嬉しいことであると同時に、さぞや緊張したにちがいない。そのあたりのことも正直に記されている。

本書は、当時の師弟関係というものが、どういうものか知ることができる資料ともなっている。結局、筆者は随行者として大先生からお叱りを受け、旅行の最終日に「落第」を宣言される。要するに、しくじってしまう。ところが、その原因については、憶測できるが明示されてはいない。ただ、そうではあっても、師弟関係は最晩年・大先生の亡くなるまで続く。生身の人間が全人格をかけた一生の関係を築くということは、そういうことなのだろうなと思うところ大であった。

旅行愛好者、鉄道ファンは、戦前の汽車の旅がどのようなものか知ることができる。柳田大先生は、行く先々でそれまでの旅の知見等を弟子である筆者に語って聞かせる。当然、民俗学的話題も出る。たとえば、以下のようなものだ。

「僕が十三のとき、はじめて播州を出て東京へ出たんだが、家で雇った人力(車)に乗って、十五里かそれ以上もかけてここ(神戸)まできた。そのときは、須磨から半里ほど田圃ばかりで、兵庫の村があり、それからまた神戸まで半里ばかり田圃だったよ。神戸から汽車に乗ったんだが、そのころのバンドは土手でね、湊川神社の森があるだけだった。神戸の村は、どこか山よりにあることは昔からあったらしいんだが、僕の叔父のころは、道傍に(徳川)光圀(1628~1700)の建てた楠公の碑がポツンとあるきりだったそうだね(p150)」

〈ヅクナシは、北のほうへ行くと内容が変わって、無能に近いぶさいくなことの意味です。東北では臆病です。ヅクは、青年らしいしっかりした内容らしい。そしてこれも、だんだん(聞き書き等を)集めてみますと、背骨のことらしい。大ヅクのある奴というのは、細かな仕事はできないが、いざというときに、仕事をまかせられる男です。小ヅクは、よく気のつく小まめな好青年の意味です。「長崎医大での座談会」p128〉

最近NHKラジオで「柳田国男の故郷七十年(2021年9月13日~10月15日放送)」を聴いた。幼少時からの自伝的作品で、ほのぼのとした気持ちになった。本書も、柳田國男の風貌・人柄を知るのにたいへんいいい作品である。


故郷七十年 (講談社学術文庫)

故郷七十年 (講談社学術文庫)

  • 作者: 柳田 國男
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/11/11
  • メディア: 文庫



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