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抜粋『大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人』 講談社 [文学・評論]


大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人

大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人

  • 作者: 大江 健三郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/07/01
  • メディア: 単行本



以下は、上記書籍中の「戦後の文学の認識と方法(1996年5月21日収録)」からの抜粋。

柄谷
(前略) 想像力、つまり、カントがいう構想力とは、空想力とは違って、感性と知性の綜合をなしとげるものです。あらゆる矛盾を想像的に統合するものです。あの時期に、それをなしとげるのは小説以外になかったと思います。そして、それ以後には、小説そのものがそのような役割を持ちえなくなる。ある意味で、『万延元年のフットボール』に大江さんが思われた以上の意味の凝縮性と歴史性があったと思うんです。大江さんは山口昌男の学問をいろいろ研究なさったけれども、僕は「そんなことは 『万延元年のフットボール』に書いてあるじゃないですか」と思いましたね。多分それこそが想像力の仕事だったんじゃないか。我々には、それを改めて理論的に分析していくか、そのパロディを書くことしか残っていないんじゃないかという気がしたんです。

現実生活に無意味なものの意味

大江 
僕にとってはね、自分で小説を書くということと、そこであつかったことをあらためてよく理解するということは違うことなんです。小説を書く、そこで自分が考えたこと、考えようとしたことを、ある新しい論文によって教えられるということは、将来自分が書こうとしていること、書けないかもしれないけれども、それを試みることについての意味を教えられることにむしろ似ているんです。ですから、「きみ、この問題はあの小説であつかったじゃないか」といわれたとしても、意味はない。文学の泥沼にいる人間は、哲学という空の高みをいつも見詰めている苦しみと喜びがありますが、単純化していえば、やはり哲学と文学はすっかり違ったものなんです。
p112.113


万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1988/04/10
  • メディア: Kindle版



「話して考える(シンク・トーク)」と「書いて考える(シンク・ライト)」 (集英社文庫)

「話して考える(シンク・トーク)」と「書いて考える(シンク・ライト)」 (集英社文庫)

  • 作者: 大江 健三郎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 文庫



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『出版街 放浪記』 塩澤 実信著 展望社 [文学・評論]


出版街 放浪記

出版街 放浪記

  • 作者: 塩澤 実信
  • 出版社/メーカー: 展望社
  • 発売日: 2018/06/14
  • メディア: 単行本


「落ちこぼれ編集者」、「出版界の落穂拾い」と言うけれど・・

著者70年の出版界での経歴・著作を披瀝した本。著者が自からそう記すように、ただの「落ちこぼれ編集者」で「出版界の落穂拾い」であるなら、「自分史」の名のもとに自慢話を書いたものとして辟易するにちがいない。しかし、著者は、りっぱな元編集者であり、作家であり、本書はその108冊目である。

先行レビューにあるように、作品の名前は知って高く評価してきたものの、作者の名前を知らずにいて、あとで誰が書いたかを知って驚くということがある。たとえば、『大魔神』と筒井康隆との関係といったものだ。

残念ながら著者は、筒井のように直木賞を取ることはなかった。しかし、著者にはたいへんな財産がある。交友の広さと、彼らから得ている信頼、敬愛である。本書には、団鬼六、野坂昭如、早坂茂三、夏目房之介、夏目純一、紀田純一郎、色川 武大(阿佐田哲也)らの名が綺羅星のように出て来る。自称「落ちこぼれ」編集者として彼らと関わり、また、あまたの出版人から寄稿執筆を依頼されて、自称「落穂」のような作品を書いてきた。

しかし、著者の「落穂」の一つ『名編集者の足跡』は、知の巨人・立花隆の週刊文春「私の読書日記」で取り上げられ「出版界に関心を持つ人に、ぜひ一読をおすすめしたい」と高く評価されている。出版界に関心のある方には、本書もお勧めできる。

また、本書には、これまで書いてきたものの、一冊の本として上梓されなかった中の選りすぐりが掲載されている。いわば「落穂」であるが、それらも、りっぱな作品である。。

本書で、一点、気になるのは、双葉社時代に阿佐田哲也『麻雀放浪記』に関わった身でありながら、なぜ本書タイトルを『出版放浪記』としなかったのだろうということだ。その方が語呂がいい。そうするのは、憚られたのだろうか。著者の謙虚な人柄のなせるところか。きっと、それだから、敬愛されてきたのだろうな・・・など思う。

2018年8月30日にレビュー

昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

  • 作者: 塩澤 実信
  • 出版社/メーカー: 展望社
  • 発売日: 2014/09
  • メディア: 単行本



戦後出版史―昭和の雑誌・作家・編集者

戦後出版史―昭和の雑誌・作家・編集者

  • 作者: 塩澤 実信
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2010/12
  • メディア: 単行本



作家の運命を変えた一冊の本

作家の運命を変えた一冊の本

  • 作者: 塩澤 実信
  • 出版社/メーカー: 出版メディアパル
  • 発売日: 2012/07
  • メディア: 単行本



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『簡潔で心揺さぶる文章作法 SNS時代の自己表現レッスン』 島田 雅彦著 KADOKAWA [文学・評論]


簡潔で心揺さぶる文章作法 SNS時代の自己表現レッスン

簡潔で心揺さぶる文章作法 SNS時代の自己表現レッスン

  • 作者: 島田 雅彦
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/29
  • メディア: 単行本


「島田雅彦 文章読本」

「島田雅彦 文章読本」。大学での講義をまとめたもののようである。章立ては「第1章 短文で綴る前の意識鍛錬」「第2章 私小説で考える自己表現」「第3、4章 短文に挑む準備段階」「第5,6章 短文レッスン」となっていて、創作をめざしての意識形成、自己形成から話しが進められる。まわりの人と同じ意識では、文章を物す意味はない。まずは個を意識し、確立する必要がある。少なくとも、他者に読んでもらうものとなるためには・・・ということらしい。迂遠のようではあるが、事実そのとおりであろう。なにしろ著者は、第一線で活躍する実作者である。そのアドバイスは捨てがたい。ただ、それで、実際に作家になれるかどうかはわからない。

2018年6月30日にレビュー

目次

序章
小説作法で短文を学ぶ
ニーチェの短文ツイートスタイル
漱石、谷崎、太宰から話題の芥川賞作家までの表現の変遷
短文の宿命
文章は音読されることを意識せよ

第1章 短文で綴る前の意識鍛錬
私たちが失ったオーラ
インスタグラムに象徴される自己表出
オーラを取り戻したいという衝動
プルースト『失われた時を求めて』の試み
「非リア充」層が紡いだ近代文学
目的を持たない散歩の効用
自己紹介で自己の見解を磨く
意外性を意識して自己表現する
書く行為は他者を慮ること
異質な世界にいる人との対話を心がける
異分野の相手の懐に入り自己表出をグレードアップ

第2章 私小説で考える自己表現
自分を客観視することが出発点
自意識過剰から「無意識過剰」へ
書物は「ロマンス」「告白」「百科全書」「小説」に分類される
自叙伝と私小説の違い
自己の客観視を徹底した夏目漱石の作品
純文学は人身掌握術に長けること
事物・事象の描写力が純文学の真髄
オーラをまとった文章とは
川端康成、古井由吉、宮尾登美子ら美文作家に学ぶ
「ワタクシ小説」が自分らしさを取り戻す

第3章 短文に挑む準備段階
相手の意表をつく自己フレーミング
自分を野菜、動物、金属にたとえる
ガストン・パシュラールの手法
自己のキャラクター化
正義感のある凶悪犯などキャラの開発を
傷つかない自分の発見法
細かいディテールを掘り下げる
五百億円の使い道
ドストエフスキーの対話スタイル
大阪のおばちゃんの噛み合わない対話
見解の乱反射が対話の魅力

第4章 短文に挑む準備段階 その2
予定調和に陥らない起承転結の要点
短文での起承転結のテクニック
メメント・モリ、死を想え
あの世、地獄、天国・・・死のイメージを広げる
「死」から葬儀、葬り方とさらにイメージを膨らます
神話時代の夢が象徴する物語を紡ぐ欲求
夢日記をつけて内なるものを見出す
別の時代や場所に生まれた自分を想像する
求愛は最も身近な短文表現
ラブレターは冗長にならず比喩で勝負
フェティシズムが比喩を進化させてきた

第5章 短文レッスン
システマティックな句作法
アフォリズム的な俳句と情緒的な短歌
旅で詠む訓練を
日記に丸裸の自分を書く
詩は高度な思弁
アフォリズムを自己流にアレンジ
言葉の組み換えに挑む
ナボコフの2言語駄洒落
手書きか、ワープロか

第6章 短文レッスン その2
書き出しの仕掛け
推敲と議論
日本人の複雑な感情表現
人間ウォッチングと散歩
無意識を獲得する方法
自我のリセット
読ませる工夫は風刺を
社会のくびきから自分を解き放て!

島田教授のワンポイント添削
S田M彦の自己フレーミング~あとがきに代えて~



文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

  • 作者: 谷崎 潤一郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/02/18
  • メディア: 文庫



文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

  • 作者: 丸谷 才一
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/11/18
  • メディア: 文庫



文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/12/18
  • メディア: 文庫



自家製 文章読本 (新潮文庫)

自家製 文章読本 (新潮文庫)

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1987/04/28
  • メディア: 文庫



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『文豪の朗読 (朝日選書)』 朝日新聞出版 [文学・評論]


文豪の朗読 (朝日選書)

文豪の朗読 (朝日選書)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2018/02/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


実際の「声」を聞きたいところだが・・・

『朝日新聞』での連載を書籍化したもの。

「文豪」たち(谷崎、井伏、室生、吉川、志賀、佐藤、井上、川端、野上、大佛、開高、海音寺、北、長谷川、武者小路、五木、遠藤、吉行、安岡、小島、倉橋、吉村、水上、有吉、谷川、尾崎、辻井、三島、高橋たか子、安東次男、辻)の録音を聞いての感想と読まれた本文が掲載されている。

感想を記したのは、いとうせいこう、島田雅彦、朝吹真理子、江国香織、奥泉光、本郷和人、山下澄人、角幡唯介、木内昇、佐伯一麦、堀江敏幸、リービ英雄の面々。同じ「文豪」の異なった作品を、異なった評者が評してもいる。その違いを知るのも楽しい。

コンパクト・ディスクが発売される前、レコードの時代に、薄くて赤く透明なペラペラの模造レコードのようなものがあった。ソノシートと呼ばれていた。1960年代に人気を博した雑誌『月刊 朝日ソノラマ』などの付録ソノシートに録音されたものが音源。

割り当てられた自作品を、ただ几帳面に読んだだけのものではない。録音場所が作者の別荘だったりイベント会場だったりして、周囲の音が入り込んでいたり、録音する係りの者との会話や独り言、照れて発した言葉なども入っているらしい。

選び取られた「文豪」の掲載作品をとおして文豪その人に触れることができるし、それを評する作家たちの人柄・資質がその「耳」をとおして逆照射されてもいる。

できれば、実際の音源を聞きたいところ。だが、ネット配信するなどのサービスはないようだ。

2018年4月27日にレビュー

文豪の凄い語彙力

文豪の凄い語彙力

  • 作者: 山口 謠司
  • 出版社/メーカー: さくら舎
  • 発売日: 2018/04/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽 」ジェイ・ルービン著 新潮社 [文学・評論]


ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/09/28
  • メディア: 単行本


超一級の「村上春樹論」
2006年12月3日にレビュー

イカニモ村上春樹についての本らしいポップな標題がついていますが、村上春樹についてのマジメな作家論・作品論であり、しかも、超一級のソレであると思います。

著者は、春樹の翻訳者であると同時に一緒にビデオを買いに行くほどの親しい友人であり、また、春樹文学の良い読者(ファン)のひとりでもあります。

当該書籍「はじめに」の中で、著者は「私の主たる目的は、私が村上の長編や短編を読み、翻訳し、作品が書かれた経緯を知るなかで味わった興奮をみなさんと分かちあうことだ」と記しています。

ジャズ喫茶のオヤジであった春樹が、神宮球場の外野席でビールを飲みつつ「僕にはたぶん小説が書ける。自分にはできる。その時期がきたのだ」と、天啓の如き思いを抱き、試合のあと文房具屋に行って万年筆と紙とを買い、店の仕事が終わったあと、毎日1時間か2時間、台所のテーブルに向かって、朝の3時か4時頃、ビールを飲みつつ書いた小説が幸運なことに79年度《群像新人賞》を取り、その後、作家として成長を遂げていく様子がよく記されています。

また、作家とともに作品もコノヨウに成長・発展していくものなのだということをよく教えてくれる著作でもあります。

村上春樹と春樹文学の総体を知るうえで、今得られる絶好の(そして「興奮」に満ちた)書籍であるように思います。

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

  • 作者: 村上春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/11/21
  • メディア: Kindle版



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『エルドラードの孤児』 ミウトン・ハトゥン著 武田千佳訳 水声社 [文学・評論]


エルドラードの孤児 (ブラジル現代文学コレクション)

エルドラードの孤児 (ブラジル現代文学コレクション)

  • 作者: ミウトン ハトゥン
  • 出版社/メーカー: 水声社
  • 発売日: 2017/11/20
  • メディア: 単行本


夢と現実が物語りとして織り成されて

著者 ミウトン・ハトゥンは、「賞の蒐集家との異名もと」る「現代のブラジル文学を代表する作家」。

本書(原著2008年発行)は、各国の神話を現代によみがえらせることをコンセプトにした『新・世界の神話シリーズ』(スコットランド、キャノンゲート社)のために依頼され執筆したもの。著者が選んだ神話は「エルドラード」。2015年には、映画化されているという。

著者は巻頭エピグラフとして、カバフィスの「町」という作品を挙げ、次のように記す。「おれは別の土地に行く。ここよりもっといい町を見つける。・・おれが見るところは、おれの視線が届くところはすべて暗黒の廃墟となったおれの人生が見えるだけ」。そして、本書のなかで神話・伝説として取りあげられるイメージは「川底にあるもっといい世界」への期待であり、「川底に住むことを夢見る」こと、である。ブラジルの都市(19世紀の半ばから第二次大戦後にかけてゴム産業で盛衰する)マナウスとパリンチンス(作品中ではヴィラ・ベーラ)が作品の舞台となって、そこでの現実と夢が物語りとして織り成されていく。

その基調となる神話・伝説について語る祖父を思い出しながら著者は(「あとがき」で)次のように記している。「アマゾンの多くの土着民と川岸に住む人々は、昔、川や湖の底には豊かですばらしい町があると信じていたーそしていまも信じているー。社会的な調和と正義の模範があり、人々はそこで魔物として暮らしていると。彼らは水や森の生き物(たいがいはアマゾンカワイルカかスクリ蛇)に誘惑され、川底まで連れていかれ、祈祷師の仲立ちがない限りこの世には戻って来られない。祈祷師の身体や霊が魔法の町まで旅をし、そこの住人と話をして、うまく行けば、再びその人たちをこの世に連れ帰って来られる。 / 祖父は、何時間もその物語をし、私はそれに、その話術と芝居さながらの身振り手振りにひきつけられて聞き入ったのを憶えている。」

また、「謝辞」で、「このフィクションはインディオやインディオの文化に直接触れたものではないが、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・ジ・ カストロのエッセイ『野生の魂の非一貫性』を読んだことは、アマゾンのトゥピナンパ族を理解し、この小説について構想するのに重要だった」と書いている。たぶんその作品は、本書とおなじく水声社から出ている『インディオの気まぐれな魂』のことだろう。

そうした文化人類学的知識・経験を背景に書かれた本書からは、ブラジルの根っこを感じさせられる。ストーリーもミステリアスで上質である。映画化されたということだが、たいへん美しい作品に仕上げられているのではないかと、思う。

本書は「ブラジル現代文学コレクション」の一冊として刊行された、ということである。シリーズとして発行されていくもののようである。大いに期待したい。

2018年2月9日にレビュー

インディオの気まぐれな魂 (叢書 人類学の転回)

インディオの気まぐれな魂 (叢書 人類学の転回)

  • 作者: エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ カストロ
  • 出版社/メーカー: 水声社
  • 発売日: 2015/10/30
  • メディア: 単行本



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『大西巨人と六十五年』 大西美智子著 光文社 [文学・評論]


大西巨人と六十五年

大西巨人と六十五年

  • 作者: 大西美智子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/12/14
  • メディア: 単行本


人間の真価とはなにかを考えさせられる

大西巨人 1916(大正5)年ー2014(平成26)年 に「六十五年」連れ添った夫人による巨人伝。巨人が巨人であるためには、(また、『神聖喜劇』の完成も)伴侶の助けがなければ難しかったにちがいない、そう思わせる書籍だ。

結婚、そして東京移転、子どもたちの誕生とその「血友病」との闘い、「おれにしか書けない小説を必ず書く」という夫との貧乏暮らし、『神聖喜劇』の出版を引き受けてくれた光文社から印税を前借りしながらのかつかつの生活、子どもの結婚、孫、曾孫の誕生、そして、巨人の胃癌、膀胱癌、老衰による入院、80歳を過ぎた妻は両膝に痛みをかかえつつ入院先を見舞う。そして、「長くはないであろうと思われる巨人を、本に囲まれた中で過ごさせたい思い」から、「無謀」と言われた自宅での介護を「宣言」する・・・。

「愛」とはなにかを再考させられる書籍である。煎じつめれば、それは何があっても何が起きても「いつでもいっしょ」ということか・・・。そう、考えたものの、果たして同じ状況下で同じようにできるかどうか・・・。

巨人はくりかえし妻に言い聞かせたという。「何事か生じた時に、その人の真価はわかる。何事かがおこらなければわからない。」。

本書は、人間の真価とはなにかを考えさせられる書籍でもある。

2018年2月5日にレビュー

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

  • 作者: 大西 巨人
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 文庫



歴史の総合者として: 大西巨人未刊行批評集成

歴史の総合者として: 大西巨人未刊行批評集成

  • 作者: 大西 巨人
  • 出版社/メーカー: 幻戯書房
  • 発売日: 2017/11/08
  • メディア: 単行本


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『人間 吉村昭』 柏原 成光著 風濤社 [文学・評論]


人間 吉村昭

人間 吉村昭

  • 作者: 柏原 成光
  • 出版社/メーカー: 風濤社
  • 発売日: 2017/11/22
  • メディア: 単行本


吉村昭のエッセイから、その「声」をひろい、その「人間」をあぶり出した

昭和2年生まれの作家 吉村昭の評伝。著者は、第一回太宰治賞を吉村に贈った筑摩書房の元編集者。

著者の執筆動機が、本書の〈おわりに 吉村昭先生と私〉に、次のように記されている。「先生と私のお付き合いは、書き手と編集者として、ごく当たり前の付き合いであったと前に書いた。しかし、私なりに編集者として多くの書き手の方とお付き合いしてきたけれど、退職後、時間がたつにつれ、不思議に次第に吉村先生のことが深く偲ばれるようになってきた。その原因は、先生の作品を多く読むうちに、先生が母親の『世間様に御迷惑をかけぬように・・・」という言葉に象徴される平凡な生活をよしとする心を持っていたことへの、人間としての共感であり、一方で文学の本質を求めてフィクションとノンフィクションの枠を越えた創作活動に専心した非凡さへの畏敬の念が深まってきたからであったと思う。そういう中で『吉村昭研究会』という会の存在を知り、縁あって講演をしたり、機関誌『吉村昭研究』に文章を寄せたりすることになった。それを切っ掛けとして、この本をまとめようという気になったのである」。

その執筆の方法に関しては、「(吉村昭との)貧しい個人的な思い出に頼るのではなく、氏が書き残された多くの著作物から、氏の声を再構成するのが、私にできる最もよい方法である、と考え」、残されたエッセイを整理するという方法で、吉村昭の生の姿に少しでも近づけたら、と思う」と〈はじめに 風貌について〉に記されてある。

吉村昭のエッセイをとおして、その両親・兄弟、同人雑誌・仲間、文壇、出版社、編集者、取材先、家族(特に妻であり作家の津村節子)の様子を知ると同時に、拾い上げられた吉村の「声」をとおして、吉村の「人間」があぶりだされていく。読者は、「平凡」で「非凡」なその「生の姿」を見ることができる。

2018年1月24日にレビュー

目次

はじめに 風貌について 

第1部 その歩み 世に出るまでを中心に
1 父の教え・母の教え 少年時代
2 戦禍と病い 思春期
3 同人雑誌時代 青年期
4 ついに世に出る 「星への旅」と「戦艦武蔵」の成功
5 作家の道を確立
6 吉村昭と筑摩書房

第2部 さまざまな顔 
7 妻・津村節子について
8 読書と趣味と酒と
9 その庶民性
10その女性観
11その戦争観と死生観

おわりに 吉村先生と私


戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/08/20
  • メディア: 文庫



戦艦武蔵 (新潮文庫)

戦艦武蔵 (新潮文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/11
  • メディア: 文庫


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『小島信夫の文法』 青木健著 水声社 [文学・評論]


小島信夫の文法

小島信夫の文法

  • 作者: 青木 健
  • 出版社/メーカー: 水声社
  • 発売日: 2017/11/25
  • メディア: 単行本


襟を正して小島作品に当たるよう促される

1955年 『アメリカン・スクール』で第32回芥川賞を、1965年 『抱擁家族』で第1回谷崎潤一郎賞を受賞した小島信夫。本書は、一時期その編集者として接し、後に「小島信夫賞」の運営や選考にも係わり、「小島さんの10年余りの晩年、近くで濃密な時間を過ご」した詩人で作家でもある青木健による小島信夫とその作品に関する評論、エッセイを集成したもの。1995年から2017年までに新聞や文芸誌等に発表したもの。

評者は小島信夫のよい読者ではない。実のところ代表作の『抱擁家族』も読んではいない。それでも、森敦が『月山』を書きあぐねていたころ、『抱擁家族』の下読みをし、小島になんども書き直しを命じ、それに小島がへこたれずに応じた話、『抱擁家族』というタイトルそのものも森の提案であることなどを森富子著『森敦との対話』で読んでいた。また、保坂和志が小島とたいへん親しくしていたことも聞いていた。そんな関係で本書を手にした。

本書の内容は、目次に沿えば〈『抱擁家族』をめぐって〉から始まり、〈四十年後の『抱擁家族』 小島信夫×青木健〉という対談で終わる。はじめからずっと目をとおし対談を読むに至って、『抱擁家族』において小島は、自分の家族関係をモデルとして、アメリカナイズされていく日本での家族のあり方を考えていたのだな、それを終生追いかけたのだなと思った。また、いわゆる「私小説」ではないものの、モデルとなった個人にとっては、(もちろん著者自身もそうだが)たいへん犠牲をともなうものであることを知った。血が流されなければ犠牲ではない。多くの犠牲のうちに成った『抱擁家族』は、それゆえ今日でも十分読むに値する小説であるように直観する。

本書のタイトル『小島信夫の文法』は、小島信夫の文章作法に関するものだ。小島は基本的に「文芸の話題以外興味を示さ」ない人物だったようである。少なくとも著者の知るかぎりそうであったようだ。独り言のようによく言ったことは「一体、小説というのは何なんだろうね」だそうである。

以下、小島の文法についての記述をいくらか引用してみる。〈小島信夫ほど「解決する」ことに価値を置かなかった作家はいない。いつも、「現在」を問いつづけ、「問い」に対しては「答え」ではなく、新たな「問い」を、千石(英世)の用語を借りれば「複層」させることで自身の小説のスタイルを築きつづけた作家だった。〉 / 〈「君自身にとって解決済みのことは書く必要も意味もない。君自身にとっていつまでも謎であることだけを書きたまえ」・・・私の耳朶で生前の小島さんの声音が蘇える。〉

襟を正して小島作品に当たるよう促される書籍だ。

2018年1月19日にレビュー

【目次】
Ⅰ 『抱擁家族』をめぐって //Ⅱ 小島信夫の文法 ( 小島信夫の文法 / 「階段のあがりはな」について/ 未完の相貌/ 『抱擁家族』の時代 / 小島批評の魅力/ 小説の鏡としての演劇/ コジマの前にコジマなく…… / 小島信夫さんを悼む/ 裸の私を生誕させる文学)// Ⅲ 謎の人 ( 小島さんの「初心」/ 物語るということ / 追悼文の恐さ/ 笑顔の不在 / 小島さんの詩心 / 謎の人 / 『一寸さきは闇』の頃 / 小島さんの戦争体験 / 愛の記憶 / 小島信夫の思い出)// Ⅳ 四十年後の『抱擁家族』 小島信夫×青木健 / あとがき

小島信夫(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B3%B6%E4%BF%A1%E5%A4%AB


抱擁家族 (講談社文芸文庫)

抱擁家族 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 小島 信夫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1988/01/27
  • メディア: 文庫



森敦との対話

森敦との対話

  • 作者: 森 富子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2004/08/26
  • メディア: 単行本



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*H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』 ミシェル・ウエルベック著 国書刊行会 [文学・評論]


H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って

H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って

  • 作者: ミシェル・ウエルベック
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2017/11/24
  • メディア: 単行本


ラヴクラフトその人とその創作の方法・あり方、さらにはその代表作を知る良い案内書

本書は「20世紀という時代は、・・おそらく叙事詩的な怪奇幻想文学の黄金時代として記憶されるだろう。そもそも、ハワード・ラヴクラフト、トールキンの出現を許した時代である」と著者の述べるうちのひとりH・P・ラヴクラフト(1890年~1937年)に関するエセーであり、著者の「最初に出した本」。

著者のウエルベックのプロフィールを見ると、「世界で最もセンセーショナルな作家の一人」と紹介されている。だが、評者は、著者もその作品も知らない。ラヴクラフトの名前は聞いた覚えがあるが、本書ではじめて、その人物と作品、またその創作技法について知ることとなった。

本書によると、ラヴクラフトは、清教徒的な(ただし、その希望を共有することなく、世俗への拒絶を共有する)ジェントルマンであったようである。その文学から“生活”は排除されていたようだ。カネや性は論外のものであったらしい。自分の作品が世間で受け入れられることにもさほど関心がなく、結婚も女性側のアプローチを受け入れてしたものの、それも破綻するという生活力のない人物であったらしい。しかし、それは見ようによってそう見えるというだけで、より積極的な見方をとるなら、本書副題にあるように「世界と人生に抗って」いたということにもなる。面白いことに、ラブクラフトの「傑作群」は(結婚が破綻するなどして)「人生が終わったところから始ま」った、とある。

著者の執筆の動機はなんだろう。自分の敬愛する作家の略伝と作品の魅力を書くことで、ラヴクラフトから決別・独立しあらたな独自の作品世界を構築していこうとの思いがあったのだろうか。ラヴクラフトが取った「世界と人生に抗」うに際しての手法、その「攻撃技術」を言語化し、自分のものとしようとしたのだろうか。いずれにしろ、本書はラヴクラフトその人とその創作の方法・あり方、さらにはその代表作を知る良い案内書となっている。

以下、目次

「ラヴクラフトの枕」スティーヴン・キング // 序 // 第1部 もう一つの世界 (儀礼としての文学) // 第2部 攻撃の技術 (晴れやかな自殺のように物語を始めよ / 臆することなく人生に大いなる否(ノン)を宣告せよ / そのとき、大伽藍の偉容が見えるだろう / そしてあなたの五感、いわく言い難い錯乱のベクトルは完全な狂気の図式を描きだすだろう / それは時間の名づけ難い構造のなかに迷い込むだろう) // 第3部 ホロコースト (反伝記 / ニューヨークの衝撃 / 人種的憎悪 / わたしたちはハワード・フィリップス・ラヴクラフトから魂を生贄にするすべをいかに学ぶことができるのか / 世界と人生に抗って) // 読書案内 訳者あとがき

2018年1月17日にレビュー

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
ウィキペディアから
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88



地図と領土 (ちくま文庫)

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  • 作者: ミシェル ウエルベック
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/10/07
  • メディア: 文庫



クトゥルーの呼び声 (星海社FICTIONS)

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  • 作者: H.P.ラヴクラフト
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/11/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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