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『岩波茂雄文集 第1巻 1898-1935年』 岩波書店 [文学・評論]


岩波茂雄文集 第1巻 1898-1935年

岩波茂雄文集 第1巻 1898-1935年

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店1898-1935年
  • 発売日: 2017/01/26
  • メディア: 単行本


「近代日本の文化史、出版史、文学史を考えるときに欠かすことのできない資料集」

岩波茂雄(1881-1946)は岩波書店・創業者。「この文集は岩波茂雄の著作をまとめ、あらためて近代日本の文化史、出版史、文学史を考えるときに欠かすことのできない資料集として編まれたもの」。

「第1巻には、1898(明治31)年から1935(昭和10)年までに書かれたものを収録した。岩波茂雄にとって、書店創業前から出版活動の開始、定着をへて、さまざまな全集、講座、そして岩波文庫の創刊などにより大きく飛躍をとげ、やがて、言論・出版統制に直面する時期にあたる。民間の右翼思想家であった蓑田胸喜によって岩波茂雄が攻撃の対象となるのもこの最後の時期である。蓑田への反論を試みたのち、岩波は数ヶ月に及ぶ海外渡航の旅に出る。そうした紀行の記録が本巻の終盤に収められている。帰国ののち、岩波茂雄ならびに岩波書店はより厳しい時代をへて、敗戦を迎えることになる」。

「岩波の死は、1946(昭和21)年4月のことであるから、本巻が出版人の最盛期をほぼカバーしている。言論の自由の失われる直前まで、岩波茂雄が書いた出版人としてのマニフェストや広告、あるいはさりげないエッセイや回想、アンケートへの回答、挨拶文などがここにある。厳密に岩波茂雄の文章といっていいかどうか迷うものもある。岩波書店のブレーンとなった安倍能生や三木清による修正なども加えられているからだ。しかし、それらもふくめて岩波茂雄の名で発表された言葉を集めることにした」。(以上、紅野謙介氏の巻末にある「解説 『第三帝国』の出版人」から)。

本巻には176の文章が収められている。長短さまざまである。書生として置いて欲しい旨をしたためた「杉浦重剛先生に奉る書」を巻頭に、36に「 岩波文庫発刊に際して」が掲載されている。巻末に「解題」が用意され、初出誌の紹介や補足的説明がなされる。ちなみに、「岩波文庫創刊以来、巻末に置かれている『読書子に寄すーー岩波文庫発刊に際してーー』は、本資料に加筆修正したものである。なお文庫掲載時の署名は『岩波茂雄』に変更されている」とある。元の草稿は三木清が書き、それに加筆して「岩波書店」名義で『思想』第69号に掲載されたものが、後に文庫巻末に掲載されたというわけだ。「解題」には、三木清のエピソードも記されている。

岩波茂雄の「激情家」の側面も示され、売られた喧嘩を買っていく様子や、そのやりとりから、時代の相が見て取れる。衆議院議員に立候補するよう勧められたのを断る誠意のこもった長い文章には、政友会、民政党、原敬、田中義一などの名があげられ、岩波の政治に期するところ、好き嫌いを通して、当時の政情を知ることができる。「私も政界の腐敗堕落を痛憤する国民の一人であります」という言葉もある。

一見、雑然とした文章の集合に過ぎないようにも思えるが、その実、今日につながる出版の貴重な歴史記録になっていると思う。

2017年4月6日にレビュー

超国家主義者に、トイレで会う
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2017-05-10

岩波文庫解説総目録 1927〜1996 全3冊セット (岩波文庫)

岩波文庫解説総目録 1927〜1996 全3冊セット (岩波文庫)

  • 作者: 岩波書店
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/02/06
  • メディア: 文庫


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『作家と楽しむ古典 古事記 日本霊異記・発心集 竹取物語 宇治拾遺物語 百人一首』 河出書房新社 [文学・評論]


作家と楽しむ古典 古事記 日本霊異記・発心集 竹取物語 宇治拾遺物語 百人一首

作家と楽しむ古典 古事記 日本霊異記・発心集 竹取物語 宇治拾遺物語 百人一首

  • 作者: 池澤 夏樹
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/01/17
  • メディア: 単行本


古典を読み込んでいくヒント、おもしろがる秘訣を教えられる

『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』で、古典翻訳を依頼された作家たちの苦労談義。古典への各自のスタンス、翻訳にあたっての工夫が示される。講演を収録したもので、講演後、聴衆との「質疑応答」もすこし紹介されている。

翻訳にあたる各人の個性がしめされて興味深い。みんな個性ゆたかで、いずれ劣らずではあるが、古典理解における当該書籍中の出色は、『百人一首』を担当した小池昌代。『百人一首』は、古典としては一番身近で、学校でも習うなどし、どの歌をとってみても、その言葉をなぞって訳出し、「・・・であるよなあ」などと詠嘆を表現した古典教師の顔まで思い浮かぶほどなので、陳腐なのではないかと予想されたただけに、その歌の詩情を理解しようとする姿勢とそれによって掘り起こされる理解には、はっとさせられるものがあった。しかも、その翻訳は現代詩として十分通用しそうである。つまりは、翻訳が生きているということなのだろう。そう言っていいように思う。

もちろん、他の方たちからも、古典を読み込んでいくヒント、おもしろがる秘訣を教えられる。

序文には、「この講義シリーズは今後も続くはず。乞うご期待」とある。続刊が楽しみ。

2017年4月4日にレビュー

(以下、目次)

この本のなりたち 池澤夏樹 

古事記 日本文学の特徴のすべてがここにある 池澤夏樹

日本文学のはじまり / 政治的な目的、文学的な喜び / 編集という観点 / 世界の神話 / 速度と文体 / 「なる」という動詞 / 天皇礼賛の物語? / ゴシップと神話 / 仁徳天皇と四人の女 / 恋と平和 / 英雄ヤマトタケル / 弱い者への共感 / 『古事記』が教える日本人 質疑応答

日本霊異記・発心集 日本の文学はすべて仏教文学 伊藤比呂美


竹取物語 僕が書いたような物語 森見登美彦


宇治拾遺物語 みんなで訳そう宇治拾遺 町田康
人と会えるような嬉しさ / コツ1 直訳 / コツ2 説明(動作編) / コツ3 説明(会話編) 質疑応答

百人一首 現代に生きる和歌 小池昌代


世界文学を読みほどく: スタンダールからピンチョンまで【増補新版】 (新潮選書)

世界文学を読みほどく: スタンダールからピンチョンまで【増補新版】 (新潮選書)

  • 作者: 池澤 夏樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/03/24
  • メディア: 単行本


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勝海舟の父親 (勝小吉)のこと [文学・評論]


新装版 父子鷹(上) (講談社文庫)

新装版 父子鷹(上) (講談社文庫)

  • 作者: 子母沢 寛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/07/12
  • メディア: 文庫


(以下、2016-03-21記)

ここのところ、子母澤寛の『父子鷹』を読んでいる。

勝海舟(麟太郎)とその父親の物語としてむかし読んだ記憶がある。子の海舟より父親のことが多く描かれている。

数日前、古書店で、全集中の一冊だけが格安で売られていた。外函をラッピングするようにして鷹の絵が描かれている。懐かしさもあって、入手した。手元にあればいいように思ってそうした。ところが、持ち帰って読み始めたら、止まらなくなった。おもしろいのである。


1974年、NHK大河ドラマで、『勝海舟』が放映された。原作:子母澤寛、脚本:倉本聡。勝海舟を、渡哲也(のちに、松方弘樹)が演じた。その時、おやじ役をやった尾上松緑さんが、たいへん魅力的だった。気風(キップ)のいい江戸っ子貧乏サムライ「勝小吉たあ俺のことだあ」と教えてもらった気がした。

尾上松緑
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E4%B8%8A%E6%9D%BE%E7%B7%91_(2%E4%BB%A3%E7%9B%AE)

それから40年もたつ。当時、テレビを見た印象も『父子鷹』を読んだ印象もうすれて、記憶にあるのは、松緑さんの小吉が独白する 「おらあトンビだが、麟太郎はタカだあ・・」 というため息まじりの言葉のみ。

それが、今、あらためて『父子鷹』を読んで、唸っている。うなりつつ読んでいる。清濁併せ呑む、なんとスケールのでかい人物だろうと思うのである。

一生無役の貧乏御家人でおわりはしたが、明治新政府から役職、爵位をもらったセガレ麟太郎よりも、はるかに人間として大きく、できた人物ではなかったかと思う。

************

以下引用は、講談社昭和48年刊・子母澤寛全集第4巻『父子鷹』巻末にある尾崎秀樹による解説から抜粋。

〈(みずからの出生を記して)「馬鹿者のいましめにするがいい“ぜ”」など、オツにすました連中には書けるものではない。坂口安吾はこの小吉を「抱腹絶倒の怪おやじ」と評し、「海舟に具わる天才と筋金は概ね親父から貰ったものだ」と述べているくらいだ。〉

〈たしかに勝麟太郎は小吉の最大の傑作だった。小吉なくしては麟太郎という傑物はこの世に存在しなかっただろう。よくトンビがタカの子をうんだようなというが、小吉と麟太郎の場合はむしろウリのつるにはナスビはならぬといったほうがあたっている。〉

〈子母澤寛は小吉像をつくりだすために、小吉の書いた「夢水独言」 のもっている味わいをたくみに生かしている。素材をそこからとるというよりも、その行間に動いている小吉の人間味を、具体的に絵にしている感じだ。もちろん「夢水独言」に書かれた挿話は、充分な肉づけをもって生かされているし、小吉の感情も積極的にとりこまれているが、それだけではなく、その裏にある小吉の体臭を伝えているのだ。〉

〈作者にとってそうすることが、この場合「父子鷹」の一篇のささえとなっている。つまり子母澤寛はこの勝小吉像に(御家人の一人として彰義隊に参加し・・挫折を体験した)祖父梅谷十次郎の実感をこめているわけだ。「心がけるがいいぜ」などといった小吉の独特な文体は、そのまま作者の祖父の口ぐせでもあったらしい。〉

「私はじっとこうして小吉を思っていると、それが大きな炉の前へ座って何にかしゃべっている口をへの字に結ぶ癖のある祖父の顔つきにまざまざとかわって来るのである。/祖父はこの小吉の書いているのとそっくりな口調で物をいった。何にかというと祖母などに大きな声でがみがみとひどい悪口雑言をいうが、内心は労わりの心が深くあたたかい人であった。祖母が病気でねっきりになった頃は、私の家は破産して祖父は祖母の為めに思うような事も出来なくなっていたようである。それがどんなに口惜しかったか。時々首だれていた祖父の姿を未だにはっきり覚えている」

〈とくに江戸っ子侍ふうな勝小吉の気質が、祖父を思わせるものがあっただけに、感慨はひとしお深いものとなり、その祖父から目にいれても痛くないほどかわいがられた子母澤寛は、「父子鷹」「おとこ鷹」等を祖父への鎮魂の歌として書きとめたのである。〉

0094夜 愛猿記 子母沢寛
松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0094.html

夢酔独言 他 (東洋文庫 (138))

夢酔独言 他 (東洋文庫 (138))

  • 作者: 勝 小吉
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1969/05
  • メディア: 新書



夢酔独言 (読んでおきたい日本の名作)

夢酔独言 (読んでおきたい日本の名作)

  • 作者: 勝 小吉
  • 出版社/メーカー: 教育出版
  • 発売日: 2003/12
  • メディア: 単行本



おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

  • 作者: 小倉鐵樹
  • 出版社/メーカー: 島津書房
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本



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子母澤寛の『父子鷹』をふたたび [文学・評論]


新装版 父子鷹(上) (講談社文庫)

新装版 父子鷹(上) (講談社文庫)

  • 作者: 子母沢 寛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/07/12
  • メディア: 文庫



子母澤寛が、勝海舟とその父である小吉を描いた小説『父子鷹』をふたたび読み始めた。ひとつの章だけと思うのだが、そういうわけにはいかない。たいへんおもしろいのである。ついつい読み進めてしまう。

一度、以前に当該ブログでも紹介した本である。
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-03-21


青年勝小吉が、父親である男谷平蔵に、代官である二十歳以上年の離れた長兄のことをわるく言う場面がある。以下に、そこを引用してみる。

ちなみに、長兄は男谷彦四郎。男谷信友(通称:精一郎)はその婿養子である。

男谷信友(ウィキペディアから)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E8%B0%B7%E4%BF%A1%E5%8F%8B


************

「代官所は役人達が、一人残らずこそこそ、こそこそ百姓達を泣かせて金儲けをやっているということを知りました」

平蔵はにやッとした。

「手代共が、陣屋勤めは金がもうかるといっていたのを聞きました。兄上もあんな厳しそうなお顔をしていても儲ける事は大層巧みだといっていました」

「これ」

傍らから出しぬけにお祖母様が小吉を叱りつけた。

「いや」

と平蔵はいっそう笑顔で、

「これは小吉のいう事が本当ですよ。この先き何百年何十年、世の中がどんな風に変っても、小役人が役得を稼ぐ事は変らんでしょう。やっぱり小吉はいい勉強をしてきましたわ」

「と申しても兄上様を」

「いや構わん。あれは役人としていいところも沢山あるが、それと同じ位に悪いところもある人間。その上、当人は自分だけでは世の中の事は何んでも心得ているような気でいるが、実は何んにも知らない。あれは唯の本箱ですよ」

「はぁ?」

「万巻の書がぎっしり入っているだけで、それに血を通わせて使うことを知らない。勝手で偏見でしかも頑固でな」




夢酔独言 (講談社学術文庫)

夢酔独言 (講談社学術文庫)

  • 作者: 勝 小吉
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/11/11
  • メディア: 文庫



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『あらゆる文士は娼婦である』石橋 正孝・倉方健作著 白水社 [文学・評論]


あらゆる文士は娼婦である:19世紀フランスの出版人と作家たち

あらゆる文士は娼婦である:19世紀フランスの出版人と作家たち

  • 作者: 石橋 正孝
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2016/10/15
  • メディア: 単行本


さだめし、ユゴーは、高級娼婦(クルチザンヌ)、片やヴェルレーヌは私娼・・・?

本書は、百花繚乱のフランス19世紀文学界の名だたる作家たちを「娼婦」にたとえ、そのパトロンである男たち(つまり、文学史上ふつう脇役である出版社)に光をあてて、それを軸にして当時の作家たち、その交友関係、文学を描き出そうとしたもの。プロローグには《第二帝政から第三共和政へと社会が揺れ動くなかで次第に拡大する出版活動と文学の場に、さまざまな方向から光をあてることを試みた》と記されている。第二帝政は、バルザックが死去(1850)した翌年、ルイ=ナポレオン・ボナパルトのクーデターによって始まる。ビクトル・ユゴーはその弾圧を逃れ、ブリュッセルに亡命する。扱われる時期はそのあたりからである。

紹介される出版社は、日本の「岩波」「角川」のように、個人名を冠されている。エッツェル、ラクロワ、シャルパンティエ、フラマリオン、ルメール、ヴァニエなどである。彼ら、書店創業者たちは書店員からのたたき上げもいれば、家柄よく高等教育を受けたものもいる。もっぱら売り上げを気にするものもいれば、芸術性の高い作品を上梓することを念頭におく者もいる。しかし、いずれにしろ、自分の囲った「娼婦」ともども社会的に上昇することを彼らは願っていた。

最初に、ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」の独占的出版権をめぐる争奪戦が紹介される。そのために「未熟練労働者が四世紀かけても稼げない金額」30万フランが動いたという。さだめし、ユゴーは、コーラ・パールなみの高級娼婦(クルチザンヌ)といえよう。それにくらべ、ヴェルレーヌは、パトロンであるヴェニエに「殺される」。私娼のような最期を迎える。うまく立ち回ったのはゾラである。パトロンを替えながら、生き延びていく。他の「娼婦」たち、フローベル、ボードレール、アナトール・フランス、マラルメの記述も興味深い。

有名なユゴーの「世界一短い手紙」のやりとり、「?」「!」についての記述もそうだが、いかにも事実であるかのように語られる「逸話」が成立するための条件をあれこれ論じていく仕方も興味深い。ふたりの著者の執筆よって本書は成る(1,2章石橋、プロローグ、3、4章倉方、エピローグ・年表は共同)が、全体の論述に一貫性をつよく感じるのは、パトロン(編集者)が優秀であるということか・・。

2016年12月7日にレビュー

レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)

レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)

  • 作者: ヴィクトル ユーゴー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2003/09/09
  • メディア: 文庫



ナナ (新潮文庫)

ナナ (新潮文庫)

  • 作者: ゾラ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/12/20
  • メディア: 文庫



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『古典について,冷静に考えてみました』岩波書店 [文学・評論]


古典について,冷静に考えてみました

古典について,冷静に考えてみました

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


12人の執筆者による「古典」を“めぐる”旅

進んで読まれ、読むように勧められ、実際に読まれてきた「古典」、人類の遺産であるかのように時間・空間を隔てて読み継がれるものとみなされてきた「古典」、オーラのかかった言葉である「古典」、そうした「古典」を“めぐる”論考集成。12人の執筆者から成る。それにしても、「古典」の実体とはいったい何か・・・。

『はじめに』、次のようにある。《本書は古典を読むことの意義について目新しい答を出そうとしていない。・・中略・・そもそも本書は古典をめぐる問いかけは今に始まったことではないことを提示することで、性急な答を求めずにもう少し余裕をもっていただきたいとの願いを、あくまでも個人としての書き手が個人としての読み手に宛てたメッセージからなる。古典を鼓吹するにせよそうでないにせよ、問題はもっと多角的な様相をもっていることを紹介したいのである》。岩波書店の紹介文にも《古典をめぐるさまざまな問いかけに真摯に向き合い、古典の深み、広がり、その豊かさを問い直す。急いで答えを出そうとしないで、まずはじっくりと考えてみよう》とある。

本書を読むにあたって、「性急」に「急いで」答えを得ようとするのはマチガイのようである。気持ちに余裕がないと、とても「冷静」でなどいられなくなる。「古典」「コテン」は、たった二文字、三音だが、デカイ相手である。西洋における、日本における、中国における、ソレは、捉えられ方がチガッテ当然だ。執筆者各自が、自分の専門領域との関わりで明らかにしようとする「古典」を “めぐる”旅に読者はつきあう必要がある。気の短い人は、難しいにちがいない。古典を「無用の長物」という人はいないだろうが、長物であることはマチガイない。そのことを実感できる本である。執筆者たちと共に、ぐるぐる“めぐる”うち、古典のなんたるかが、じわっと分かってくる本であるように思う。

目次

はじめに ーーすぐに答の出ない問 逸見喜一郎

Ⅰ 「古典」の意義について、考えてみました
中国における古典 川合康三 
古典とクラシックーーことばとことがら 塩川徹也

Ⅱ 「古典」の成り立ちについて、考えてみました
ゲーテの「世界文学」とヨーロッパの「古典」 高橋義人
イギリス・ロマン主義時代の「古典」観 鈴木雅之
ドイツの夢ーー「国民」と「古典」 田邊玲子
『源氏物語』はいかにして「古典」になったか 今西祐一郎

Ⅲ 「古典」の多様さについて、考えてみました
マニ教の「宇宙図」--東西交流のしるし 吉田豊
スラブ世界の古典図ーー言語の古層へ 佐藤昭裕
古典演劇という幻想ーー生きて流動するもの 竹本幹夫
小学における「古典」--あらゆる学問の基礎 花登正宏

おわりにーー古典教材談義 身崎 壽

2016年11月25日にレビュー

ラテン語のはなし―通読できるラテン語文法

ラテン語のはなし―通読できるラテン語文法

  • 作者: 逸身 喜一郎
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 単行本



風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川学芸出版
  • 発売日: 2013/09/15
  • メディア: Kindle版



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『ラテンアメリカ文学入門』 寺尾 隆吉著 中公新書 [文学・評論]


ラテンアメリカ文学入門 - ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで (中公新書)

ラテンアメリカ文学入門 - ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで (中公新書)

  • 作者: 寺尾 隆吉
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2016/10/19
  • メディア: 新書


「具体的な作品に即して約100年にわたるラテンアメリカ小説の流れを捉え、幅広い読者層に読み応えのある議論を打ち出す」

ラテンアメリカ文学の昨今の諸事情を鑑み、《「文学史本」の執筆に向けて、機は熟しつつあ》ると感じていたところに、中公新書への執筆依頼があり、それは「渡りに船」であったと著者は『あとがき』に記している。一読者として、まさに、熟した果実を手にすることができたのは幸いである。

著者は《作品の紹介や作家の基本情報を並べて初心者向けの文学案内を作ることではなく、具体的な作品に即して約100年にわたるラテンアメリカ小説の流れを捉え、初心者から専門家まで、幅広い読者層に読み応えのある議論を打ち出すことにあった》と執筆目的を述べる。そうして《喜び勇んで取り組んでみると、期待どおりやりがいのある仕事であ・・った》と記す。

《「新書」という形態を考慮してもっとも悩んだのは、「何を書くか」ではなく、「何を書かないか」、その判断だった》。書くことに満ち溢れていたのであろう。そうした中から、残したもの、残されたものが本書である。ラテンアメリカ文学といっても、取り上げられているのはもっぱら「小説」である。どのように人々の間に受容されていったのか、どのような時代背景でか、芸術的なものから娯楽性の高いものへの変化と読者層・出版社との関係、著者同士の関係など、その論議は興味深い。残すべきを峻別しつつ書き進めたその文章は、たいへんスピード感あふれるもので、ほれぼれしながら読んだ。

著者は、《本書で書きつくせなかった部分に関しては、今後いっそう研究を深め、場を改めて発表することになるだろう》と記している。大いに期待したいところだ。巻末には、年表、外国語文献、本書で言及された作品のうち、邦訳のあるもののリストがあり、100冊ほど紹介されている。

2016年11月24日にレビュー

フィクションと証言の間で: 現代ラテンアメリカにおける政治・社会動乱と小説創作

フィクションと証言の間で: 現代ラテンアメリカにおける政治・社会動乱と小説創作

  • 作者: 寺尾 隆吉
  • 出版社/メーカー: 松籟社
  • 発売日: 2007/01/29
  • メディア: 単行本



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『飛び込み台の女王』マルティナ・ヴィルトナー著 森川弘子訳 岩波書店 STAMP BOOKS [文学・評論]


飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

  • 作者: マルティナ・ヴィルトナー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


心理的かつリアリスティックに物語るーー児童文学

発行元の岩波書店によると《ページをめくって,さまざまなティーンたちと出会い,海の向こうの生活や風景を感じる.そんな体験を楽しんでもらえたらという願いをこめて,〈STAMP BOOKS〉を創刊します.胸がつまるような恋愛小説や,スピード感あふれるミステリーなど,おもしろく読めて,心に響く物語を選びぬきました.// 海外から届いたエアメールを読むようなつもりで,気軽に手にとってみてください.目印は,切手(STAMP)のマークです》とある。

本書は、評者にとって、はじめてのヤングアダルト小説である。たいへん出来のいい内容に驚いている。「ドイツ児童文学賞」を受賞しているという。ロシア人のママをもつ少女が、自分の分身のような、母子家庭の少女(「飛び込み台の女王」)について語っていく。ふたりは隣同士で、ゆくゆくは飛び込み競技のオリンピック候補になるだけの資質をもっている。しかしそれでも、母子家庭の少女の方がずっと優秀だ。そのことは語り手の少女も、他の選手たちも認めている。ところが、母子家庭の少女の家には秘密があった。その秘密を、隣り合う部屋のたまたま空いていた穴からノゾキ見られてしまう。それを伝え聞いた「女王」は・・・

少女たちの暮らしぶりが丁寧に記される。「「キットカット」や「ニッサン」「おんぼろトヨタ」も登場する。父親は単身赴任、母親は口うるさく、兄との同室生活で、時に語り手の少女は身の置き場所がなく洗面所や玄関に避難したりもする。淡い恋も描かれる。少女から女へと変化するカラダへのとまどいも記される。国を代表するような選手ではあっても、日常はふつうの女の子と変わらない。現代ドイツにおけるふつうの生活の複雑な現実が示される。若い読者は、等身大の自分を発見するように思う。本書は、才能・可能性をめぐる話ともいえそうだし、ユング心理学的にいえば「影」をめぐる物語ともいえそうだ。

ドイツ文学賞の選評には「心理的かつリアリスティックに物語るというこのような形式は、児童文学の領域にはまだあまり広まっていない。そういう意味で、この作品は高い革新的な潜在力を秘めていることになる。(中略)児童文学と青春文学の境界線上にある、巧みな構成をもつ物語である」。FAZ紙には「若い選手たちが競技スポーツによってストレスを感じると同時に自分という存在がそれによって支えられているという状況を作者マルティン・ヴィルトナーは非常に的確に描いている。その描写は名人芸だ」と評されたという。たしかに、そのとおりであると、評者も思う。

2016年11月14日にレビュー

ユング心理学入門

ユング心理学入門

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 培風館
  • 発売日: 2023/06/06
  • メディア: 単行本



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『編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-』豊田 きいち著 パイインターナショナル [文学・評論]


編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-

編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-

  • 作者: 豊田 きいち
  • 出版社/メーカー: パイインターナショナル
  • 発売日: 2016/07/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


出版・メディアの世界、その動きに興味のある方は読んでソンはない

本書は、小学館の編集者であった豊田きいちに、「編集者の心得」の執筆を依頼し、快諾を得た成ったもの。しかし、「執筆は大変なので、インタビューをまとめてくれるなら」ということから、2012年2月から12月までの10回にわたるインタビューをまとめたもので、インタビューアーは、久野寧子。当時、豊田は86歳。

しかし、実際にインタビューに臨むと、久野が「口を挟む隙もなく」、豊田の「特別講演」がいきなり始まったという。「毎回、流れるように続く、『豊田節』の隙を狙って」、いくつか他愛のない問い(「どんな人を尊敬されてますか」等)を発しても、「今度、お教えしますよ」と話してくれず、ついに教えてくれたのはインタビューの最終日だったという。そして、それから、約1ヶ月後、まとめあげられたものを、自ら校正をすることもなく豊田は亡くなってしまう。つまり、豊田の遺稿ともいえる本書の実質的な「執筆」者(原稿用紙のマスを埋めたの)は久野であり、久野は本書の「取材・構成・執筆」者となっている。

「著者」の若々しさを感じつつ本書を読んだ。イキのいい文章を読み進めるうち、その経験、登場する人物などから、「著者」の実年齢がどんどん気になりだし、『編集ノート』(あとがき)を見て、「著者」がすでに故人であることを知った。イキのいい感じは、文章に「豊田節」が生きているから、豊田の話す音声のリズムが、再現され躍動していることからくるように思う。

書かれている内容については《 編集者は「連想」しなくてはいけない。他者と「差別化」された者にならなければならない。「語彙」が豊富でなければならない。文章は自分の文章でなければつまらない。言葉は「音楽」であり、文章は「絵」である。いい文章とは、「面白い文章」、面白い文章とは「分かりやすい文章」である。カタカナは「漢字」である。センテンスは短く、句読点は、多いほうがいい。どこにでも行ける五叉路に立つのではなく、この道しか行けないという横丁(言葉)を選ぶべきである・・・》と、久野がまとめている。その実質的、具体的中身については、「本書を、どうぞご覧ください」である。《昭和24(1949)年から、定年退職するまでの40年間、ずっと、ひとりの編集者として生きてきた》豊田から学べるものは多い。(個人的には特に、岩波赤版『古典文学大系』に対抗して、小学館が企画出版した『日本古典文学全集』51巻の話しが面白かった)。

『編集ノート』は、実質4部に分かれている。その一つには、『少年サンデー』昭和34年創刊当時のもよう、豊田きいち編集長のことを記した漫画家(代表作『スポーツマン金太郎』)寺田ヒロオの文章が掲載されている。

本書全体を読みとおして感じるのは、豊田ヘの深い敬愛の念である。編集にたずさわる方だけでなく、出版・メディアの世界、その動きに興味のある方は読んでソンはないように思う。

2016年10月2日にレビュー

鬼才 伝説の編集人 齋藤十一

鬼才 伝説の編集人 齋藤十一

  • 作者: 森 功
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2021/01/14
  • メディア: 単行本



編集者、それはペンを持たない作家である 私は人間記録として、自分の感動を多くの読者に伝えたかった。

編集者、それはペンを持たない作家である 私は人間記録として、自分の感動を多くの読者に伝えたかった。

  • 作者: 神吉 晴夫
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2022/06/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

  • 作者: 塩澤 実信
  • 出版社/メーカー: 展望社
  • 発売日: 2014/09/01
  • メディア: 単行本



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『イタリア日記 (1811)』スタンダール著 新評論 [文学・評論]


イタリア日記(1811)

イタリア日記(1811)

  • 作者: スタンダール
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2016/05/13
  • メディア: 単行本


著者20代後半の仕事ぶり、散文作家の資質が見てとれる

作家スタンダールとして名を成す以前、作家志望アンリ・ベール(著者の本名)の20代後半の日記。1811年、イタリア旅行時の日記を、1813年に旅行記として仕立て直して公刊しようとしたもの。しかし、生前発表することなく終わった。『訳者解説』には、《紀行文に改変しても、日記の私的側面をきわめて色濃く残していて、読者には通じない部分もそのままにしてあるので、これを追い続けるのはかなり厄介である。読まれることを意識していても、読者の側に立ってはいないのが彼の立場であ》り、《その点で多くの文学者の日記とは大きく異なる》とある。

その《かなり厄介》なものを、追い続けることができるよう、付録が充実している。『訳注』『訳者解説』『著者年譜』『人名索引』『事項索引』だけでなく、『イタリア日記(1811) 詳細日程と内容』(要するに、本書の章ごとの要約)が付録となっている。『訳者解説』部分にも、1813年の加筆以前と以後の大要が示されている。加筆部分には、『往路フランスを走る乗合馬車のなかなどで、イタリア人とフランス人の違いを観察し、・・略・・(それを見ると)彼のイタリア、イタリア人観というものが明らかになり、これはのちの『1817年のローマ、ナポリ、フィレンツェ』(拙訳『イタリア紀行』)に引き継がれることになる》とある。

《1811年はナポレオンが皇帝としてヨーロッパに君臨していた最盛期で、フランスは国力も絶頂に達していた》。アンリ・ベールは《帝政下フランスの支配していたイタリアを》地位も金も所持するフランス人(官吏)として巡り、そこで出会った人、絵画、彫刻、恋・・を記録していく。

将来は劇作家(当時の言い方では劇詩人)になろうとアンリ・ベールは考えていたようだが、資質は散文に向いていた。本書からも、その資質は見て取れる。観察がするどく、表現もたくみである。たいへん即物的な表現にもたびたび出会う。やはり、詩人ではなく、評論、小説向きだと感じる。たとえば、《コロッセオ(コロッセウム)が、私に与えた印象を、その時に書かなかったことを苛立っている。それはひとつの劇場でしかなかった。半分以上が廃墟になっていた。私をかつてないくらいに感動させた唯一の建築だ。// それは涙が出るほど私を感動させて、サン・ピエトロにとても冷淡になった。これらローマ人とは何という人たちだろう!実益以外のものはなく、理由のないものは何もない(第55章)》。

2016年9月2日にレビュー

スタンダールとは誰か

スタンダールとは誰か

  • 作者: 臼田 紘
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2011/03/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



ロッシーニ伝

ロッシーニ伝

  • 作者: スタンダール
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 単行本


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