『出版街 放浪記』 塩澤 実信著 展望社 [文学・評論]
「落ちこぼれ編集者」、「出版界の落穂拾い」と言うけれど・・
著者70年の出版界での経歴・著作を披瀝した本。著者が自からそう記すように、ただの「落ちこぼれ編集者」で「出版界の落穂拾い」であるなら、「自分史」の名のもとに自慢話を書いたものとして辟易するにちがいない。しかし、著者は、りっぱな元編集者であり、作家であり、本書はその108冊目である。
先行レビューにあるように、作品の名前は知って高く評価してきたものの、作者の名前を知らずにいて、あとで誰が書いたかを知って驚くということがある。たとえば、『大魔神』と筒井康隆との関係といったものだ。
残念ながら著者は、筒井のように直木賞を取ることはなかった。しかし、著者にはたいへんな財産がある。交友の広さと、彼らから得ている信頼、敬愛である。本書には、団鬼六、野坂昭如、早坂茂三、夏目房之介、夏目純一、紀田純一郎、色川 武大(阿佐田哲也)らの名が綺羅星のように出て来る。自称「落ちこぼれ」編集者として彼らと関わり、また、あまたの出版人から寄稿執筆を依頼されて、自称「落穂」のような作品を書いてきた。
しかし、著者の「落穂」の一つ『名編集者の足跡』は、知の巨人・立花隆の週刊文春「私の読書日記」で取り上げられ「出版界に関心を持つ人に、ぜひ一読をおすすめしたい」と高く評価されている。出版界に関心のある方には、本書もお勧めできる。
また、本書には、これまで書いてきたものの、一冊の本として上梓されなかった中の選りすぐりが掲載されている。いわば「落穂」であるが、それらも、りっぱな作品である。。
本書で、一点、気になるのは、双葉社時代に阿佐田哲也『麻雀放浪記』に関わった身でありながら、なぜ本書タイトルを『出版放浪記』としなかったのだろうということだ。その方が語呂がいい。そうするのは、憚られたのだろうか。著者の謙虚な人柄のなせるところか。きっと、それだから、敬愛されてきたのだろうな・・・など思う。
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2018年8月30日にレビュー