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『人間 吉村昭』 柏原 成光著 風濤社 [文学・評論]


人間 吉村昭

人間 吉村昭

  • 作者: 柏原 成光
  • 出版社/メーカー: 風濤社
  • 発売日: 2017/11/22
  • メディア: 単行本


吉村昭のエッセイから、その「声」をひろい、その「人間」をあぶり出した

昭和2年生まれの作家 吉村昭の評伝。著者は、第一回太宰治賞を吉村に贈った筑摩書房の元編集者。

著者の執筆動機が、本書の〈おわりに 吉村昭先生と私〉に、次のように記されている。「先生と私のお付き合いは、書き手と編集者として、ごく当たり前の付き合いであったと前に書いた。しかし、私なりに編集者として多くの書き手の方とお付き合いしてきたけれど、退職後、時間がたつにつれ、不思議に次第に吉村先生のことが深く偲ばれるようになってきた。その原因は、先生の作品を多く読むうちに、先生が母親の『世間様に御迷惑をかけぬように・・・」という言葉に象徴される平凡な生活をよしとする心を持っていたことへの、人間としての共感であり、一方で文学の本質を求めてフィクションとノンフィクションの枠を越えた創作活動に専心した非凡さへの畏敬の念が深まってきたからであったと思う。そういう中で『吉村昭研究会』という会の存在を知り、縁あって講演をしたり、機関誌『吉村昭研究』に文章を寄せたりすることになった。それを切っ掛けとして、この本をまとめようという気になったのである」。

その執筆の方法に関しては、「(吉村昭との)貧しい個人的な思い出に頼るのではなく、氏が書き残された多くの著作物から、氏の声を再構成するのが、私にできる最もよい方法である、と考え」、残されたエッセイを整理するという方法で、吉村昭の生の姿に少しでも近づけたら、と思う」と〈はじめに 風貌について〉に記されてある。

吉村昭のエッセイをとおして、その両親・兄弟、同人雑誌・仲間、文壇、出版社、編集者、取材先、家族(特に妻であり作家の津村節子)の様子を知ると同時に、拾い上げられた吉村の「声」をとおして、吉村の「人間」があぶりだされていく。読者は、「平凡」で「非凡」なその「生の姿」を見ることができる。

2018年1月24日にレビュー

目次

はじめに 風貌について 

第1部 その歩み 世に出るまでを中心に
1 父の教え・母の教え 少年時代
2 戦禍と病い 思春期
3 同人雑誌時代 青年期
4 ついに世に出る 「星への旅」と「戦艦武蔵」の成功
5 作家の道を確立
6 吉村昭と筑摩書房

第2部 さまざまな顔 
7 妻・津村節子について
8 読書と趣味と酒と
9 その庶民性
10その女性観
11その戦争観と死生観

おわりに 吉村先生と私


戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/08/20
  • メディア: 文庫



戦艦武蔵 (新潮文庫)

戦艦武蔵 (新潮文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/11
  • メディア: 文庫


退職後、私は小さな出版社でしばらく好きな編集の仕事をさせてもらった後、縁あって長年の念願であった中国の大学へ日本語講師として赴任することになった。中国の三つの大学に合計七年間勤めていた間、夏休みや冬休みなどには時々日本にもどってきていたが、筑摩書房を退職した身でもあったので、気後れして吉村さんに会いに行くことは遠慮していた。亡くなる前年、ぽつんと「日本にいるのかなあ。」と書かれた年賀状をいただいた。このときも、冬休みで日本に帰ってきてこれを見て嬉しかったのに、「忙しい吉村さんを私なんかが煩わすなんて」という思いで、何も連絡をとらずやり過ごしてしまった。まさに後悔先に立たず、であった。(「吉村昭と筑摩書房」171)

こうした認識から彼の『戦艦武蔵』への取組みが始まるのだが、その苦闘の道筋の一端は第四章で述べた。ダブルけれども、ここでは「記録と小説」(『白い道』所収)というエッセイから彼の思いを引いておこう。 「その長編の筆をとる前、私は一戦艦を対象に小説を書くことに大きなためらいを感じていた。戦艦の建造、就役、そして沈没に到る経過は事実であって、それを忠実に追わねば小説は成立しない。事実をもとに書かれる私小説は、自分を見つめることに意義があるが、私はそのフネになんの縁もない。小説の本来の姿は虚構にこそあると考えていただけに、一つの物体であるフネを中心とした事実を書かねばならぬことに逡巡を感じていたのである。 / しかし、私が結局は筆をとったのは、橋上からみた川面の情景に象徴される戦争の時間を、自分なりにたしかめてみたかったからにほかならない。戦後、ほとんど定説化されていた戦争に対する解釈と、私のふれた戦争にはかなりの差があり、「武蔵」という戦艦に蟻のようにむらがって建造した人々や、それに乗って死んでいった多くの人々を書くことは、私の見た戦争を書くことにつながると思ったのだ。つまり、その長編を敢えて書いた動機は、私の人間としての生存の問題であり、それが文学に対する私の考え方をおさえこんでしまったとでもいったものであった。」 言い換えれば、戦争を肯定しながら生きた自分がいる、しかし戦後の自分ははっきりとその戦争を否定している、このねじれを凝視することからしか彼の戦争への反省は始まらなかったのである。しかしこの苦闘を通ることによって、吉村の文学世界は疑いもなく広がっていったと言ってよいだろう。それはまず戦史小説という形をとったが、それに続く歴史小説もまた、その根源においては彼なりの戦争へのこだわりから生まれているのである。もっとも分かりやすい例で言えば、彼は明治維新に連なる桜田門外の変は、太平洋戦争に連なる二・二六事件と時代の流れとしてアナロジーである、というとらえ方をしている。そういう問題意識からはずれた題材を、彼は自分の小説の題材として採用しない。だから、多くの人から忠臣蔵を書くことを勧められたが、それは単なる私闘に過ぎないと彼はとらえ、取り上げなかったのである。(11 その戦争観と死生観 264)


白い道 (岩波現代文庫)

白い道 (岩波現代文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2012/08/18
  • メディア: 文庫



吉村昭歴史小説集成〈1〉桜田門外ノ変・生麦事件

吉村昭歴史小説集成〈1〉桜田門外ノ変・生麦事件

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2009/04/08
  • メディア: 単行本



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