『大西巨人と六十五年』 大西美智子著 光文社 [文学・評論]
- 作者: 大西美智子
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2017/12/14
- メディア: 単行本
人間の真価とはなにかを考えさせられる
大西巨人 １９１６（大正５）年ー２０１４（平成２６）年 に「六十五年」連れ添った夫人による巨人伝。巨人が巨人であるためには、（また、『神聖喜劇』の完成も）伴侶の助けがなければ難しかったにちがいない、そう思わせる書籍だ。
結婚、そして東京移転、子どもたちの誕生とその「血友病」との闘い、「おれにしか書けない小説を必ず書く」という夫との貧乏暮らし、『神聖喜劇』の出版を引き受けてくれた光文社から印税を前借りしながらのかつかつの生活、子どもの結婚、孫、曾孫の誕生、そして、巨人の胃癌、膀胱癌、老衰による入院、８０歳を過ぎた妻は両膝に痛みをかかえつつ入院先を見舞う。そして、「長くはないであろうと思われる巨人を、本に囲まれた中で過ごさせたい思い」から、「無謀」と言われた自宅での介護を「宣言」する・・・。
「愛」とはなにかを再考させられる書籍である。煎じつめれば、それは何があっても何が起きても「いつでもいっしょ」ということか・・・。そう、考えたものの、果たして同じ状況下で同じようにできるかどうか・・・。
巨人はくりかえし妻に言い聞かせたという。「何事か生じた時に、その人の真価はわかる。何事かがおこらなければわからない。」。
本書は、人間の真価とはなにかを考えさせられる書籍でもある。
2018年2月5日にレビュー
- 作者: 大西 巨人
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2002/07/01
- メディア: 文庫
- 作者: 大西 巨人
- 出版社/メーカー: 幻戯書房
- 発売日: 2017/11/08
- メディア: 単行本
中学校の国語の先生は生徒に辞書を活用することを徹底して指導した。巨人は教えを生涯実行した。そして辞書をいつも手元に置いて、頁を繰っている姿を私は見ていた。 / 私が巨人に尋ねると即座に答えが聞ける。自分で引くくせをつけなさいと注意した。私は小型の国語辞典を持っていた。巨人は『広辞苑』のお古を、これを使いなさいと渡した。わからないことは辞書を引くことで、ほとんど解明される。３１
転院はさせません、私が介護しますと宣言した時、医師、赤人に無謀なことだと忠告された。毎日病院にきて見ているので私は出来ると確信している。長くはないであろうと思われる巨人を、本に囲まれた中で過ごさせたい思いを私はもっている。医師、看護師も私に出来ると認識するようになる。介護に必要なことをこれから少しずつ教えると伝えられた。指導を受けることはたくさんある。１２時から２時間、面会時間開始までの２時間、看護師さんから教えてもらうことになる。おむつ交換、栄養食の操作手順を見学する。２３０
巨人はあと四、五時間で命が尽きる。本人は「無」になることがわかっていたのだろうか。巨人さん、おしえて下さいと言ったら、いつものように論理的に解明してくれたのだろうか。小さい事柄でも疑問があったらすぐ口に出して解決することを信条としてくらした年月、徐々に変わってゆく自分の状態の説明が聞かれなかった。巨人らしからぬ最大の謎を私に残した。２６５
なすべきことが終わった二時すぎ看護師さんは辞去された。一人になって私が行ったことは、赤人と野人の幼い頃四人で写った写真と、私の髪を少し切りとり和紙に包む。その二つを巨人の上着の内ポケットに入れた。「いつもいっしょですよ」。 / 無謀と言われた自宅療養は十五日間だった。充実した十五日間だったと思う。入院生活のままだったら私は後悔していただろう。短い日数だったが巨人は本に囲まれた部屋で最後の時間をおくれた。今日までの長い年月、私を導いてくれた人、ありがとうございました、と幾度も耳元に伝えた。２６７，８
大西巨人、終生闘い続けた人でした。 / 若い頃、おれにしか書けない小説を書くと宣言しました。多くの人の協力で、全うすることが出来ました。・・・省略・・・２６８
・・略・・。思い出す時、語り合う人はいない。はげしく胸はいたむ。 / 二〇一七年一月三十日午前二時十分 ２６９
この記録を書き進めた二年間、巨人の遺品の『広辞苑』第六版（裏扉に巨人の字で「２００８・１・１１ 大宮そごう 三省堂」とある）に助けられて終了した。辞書はいたんでしまった。２７０