『 バイオアート―バイオテクノロジーは未来を救うのか 』ウィリアム・マイヤー著 ビー・エヌ・エヌ新社 [アート]
世界に対して疑問を持つよう、別の視点が提示され、価値観の新陳代謝を促される
カバー・帯に見慣れぬ言葉が記されている。「人新世」だ。Antheropecene の訳語で、地質学的区分を指すものらしい。序文(スザンヌ・アンカー筆)によると、ソレは「人間の活動が自然界に決定的な影響を及ぼす時代」とあり、特に、「核やプラスティックが氾濫し始めた1950年以降の」ソレを指すものとあるので、まさに我々の生きている今が、「人新世」であり、それゆえにも、「人新世」を生きる者(アーティスト)に共有されるべきは「危機意識」ということになり、その関係でタイトルにある「救い」も出てくるようだ。
スザンヌ・アンカーは「バイオアートとは、合成生物学、生態学、生殖医療といった分野の要素を取り入れた芸術的実践を包括的に示す用語」といい、著者ウィリアム・マイヤーズは、「生物学を表現メディアとして利用し、作品を通して、生物学自体の意味や自然の変化に目を向けるものだ。作品はシャーレの中かもしれないし、写真かもしれない」と記している。そして、そこに含意されるのは「ときに批判であり、ときに皮肉であり・・」、そのようにして「既成概念を見直すことに関心を向ける」のがバイオアートであるとある。
以上、スザンヌ・アンカーと著者の言葉からツギハギしたが、本書出版にあたって特別寄稿している長谷川愛は『スペキュラテブ・デザインとバイオアート』と題する文章のなかで、「既成概念を見直すことに関心を向ける」バイオアートの特徴を、より明確に、一般化し、次にように綴っている。《私たちは(世界に対して疑問を持ち)、別の視点を提示し、価値観の新陳代謝を活性化すべく議論することが必要だと思える。そもそも何を「よし」として世界を作っていくのか、その判断は誰がどのようにするのかについても私たちは意識してゆかねばならない。そこに対して効果的に訴えることができるのが、アートやデザインの力なのではないかと思う》。
そのような意図のもとに創作している50人の作家たちが作品とともに紹介されていく。解説は詳しく、写真は鮮明である。その多くが、ギョッとする作品だ。ギョッとするということは、新たな視点を提供され、価値観の新陳代謝が促されていることの証拠と言えるだろう。そういう意味で、久しぶりに、まさにアートに出会ったという思いでいる。
2016年7月29日にレビュー
バイオアートは、未来を救う(気がしてきた)
出版記念イベントレポート
http://www.loftwork.jp/column/2016/20160614_bioart.aspx
「猥褻:わいせつ」とはなにか?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-02-19-1
『地域アート 美学/制度/日本』 藤田直哉編・著 堀之内出版 [アート]
「現代アート」のいま(「地域アート」)を知ることのできる本
本書は、SF・文芸評論家である編著者が、文芸誌「すばる」(2014年10月号)に寄稿した『前衛のゾンビたち 地域アートの諸問題』に、とても大きな反響が寄せられたのが、そもそものはじまりらしい。書籍冒頭に『・・ゾンビたち』が掲載されてある。
「地域アート」については、「まえがき」に次のように示されている。《「地域アート」とは、ある地域名を冠した美術のイベントと、ここで新しく定義します。//「地域アート」は、「現代アート」から派生して生まれた、新しいジャンルです。//現代の日本において「地域アート」は非常に盛んになっています》。《「地域アートは、今までの芸術と異なって、関わる人が膨大に広がっていることも大きな特徴です。作家、キュレーターだけでなく、運営をサポートするボランティアの人たち・・略・・観客も重要な「芸術」の担い手と看なされています。時には、そのような人々の繋がりや参加そのものが作品の本体となることも起こっています》。《そのような新しい芸術が、なぜ生まれ、このように盛んになっているのか、その背景、そこにある美学、それから問題が、本書が明らかにしようとするものです》。
『前衛のゾンビたち』には、《彼ら(マルセル・デュシャン、アンディ・ウォホル)の作品は、一般に「現代アート」と呼ばれている。だが、今、最も隆盛している「現代アート」は、こうした作家の作品ではない。今や主流となりつつあるのは「地域アート」なのである》と、ある。つまり、今や、地域ーローカルー地方ー田舎のイメージさえある芸術が、最前衛の芸術を意味するらしい。すくなくとも、「地域アート」が、「現代アート」のいまを形作っているといっていいのだろう。
その「地域アート」には、いわゆる「問題」があるという。ひとつには、“制度”のなかに組み込まれてあること。作家の内面から「自由」に創造されるものでないこと。さらには、“日本”の文化政策の一部として、政府や自治体から「助成」を受けていること。それが、書籍の主題に付随する「制度」「日本」の意味するところで、それを軸に「地域アート」に迫ろうという意図が示されている。“美学”は「感性・認識の学」という意味で、《芸術作品を鑑賞・享受する「感性・認識」が、大きく変動する時期に入っているのではないかという仮説》が、本書で検討されることを意味する。
本書は、評論、対談、鼎談、の集成で、論議はアートしろうとにも分かるレベル。芸術の本を意識しての装丁はいいのだが、紙面印字がブルーで、読むのに難儀した。せめて印字ポイントをもう少し大きくして欲しかった。
2016年6月19日レビュー
ひらく美術: 地域と人間のつながりを取り戻す (ちくま新書)
- 作者: 北川 フラム
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/07/06
- メディア: 新書
『インフォグラフィックスの潮流: 情報と図解の近代史』永原 康史著 誠文堂新光社 [アート]
情報の視覚化の近代史
当該書籍は、副題にもあるとおり「情報と図解の近代史」です。それは「情報の視覚化の近代史」と言い換えることができそうです。
「インフォグラフィックスの潮流」という主題については、こう説明されています。《『インフォグラフィックスの潮流』とは、絵が図になり、グラフになり、ダイアグラムになり、そしてインフォグラフィックスと呼ばれるに至るまでの流れのことです。それは、絵によって「絵以前のもの」があらわされ、それによって何かが伝わり、人びとの理解や発見を助けるようにと、表現が変化していく流れでもあります》。
第1章は、産業革命を先駆けた19世紀ロンドンの都市交通網の話から始まります。そこで用いられた地図が話題となります。そこでこんな記述があります。《(1890年頃から)既存の(実際の)地図に路線を書き込んだ程度の路線図(図11)やヴィクトリア朝様式の時刻表(図12)こそ存在しましたが、「絵」や「表」にとどまっており、「図」には届いていません。ましてや「言語」にはほど遠いものでした》。《20世紀に入ると、その地図も少しずつダイアグラム化されていき》《1908年ごろから駅の案内板や車両内部にダイアグラム(図17)が登場します》そして《1933年、まったく新しい路線図 『(通称)ベックマップ』が登場します。それが《世界中の路線図の姿を一変させたことはよく知られています》。
情報・知識を可視化する人類の営みの歴史については、『THE BOOK OF TREES―系統樹大全:知の世界を可視化するインフォグラフィックス』という書籍もあります。そこでは800年の歴史をたどり、200余りの図版が用いられています。特に「系統樹」に焦点をあてた興味深いものです。ですが、それは、どちらかというと網羅的です。それに対して、当該書籍の魅力は、その解説です。当書も多数の図版が用意されていますが、その魅力は、物語性と言っていいように思います。著者の言葉をそのまま借りるなら、(読者の)「理解や発見を助けるようにと、表現が変化していく」流れ(“話の筋”)の魅力です。すべての章をとおして著者の思いは一貫しているように見受けられます。
終章末を引用します。《私は、視覚表現をさかのぼると四つの行為に行きあたると考えています。「描く」「写す」「数える」「伝える」です。「描く」は動物たちなどを描いた「洞窟壁画」。「写す」はやはり洞窟に残る手形「ネガティブハンド」。「数える」はくさび形の印が刻みつけられた「トークン」。「伝える」は「象形文字」にそれぞれさかのぼることができます。人間にとって目から入る情報は全体の8割を超えるといわれていますから、文明が起こる以前から、人は自分の外の「世界」と視覚的に“交流(インタラクション)”しようとしていたのだと思います。// そういう行為のつづきが今日のインフォグラフィックスであるとすれば、「図」を介在して起こる「人」と人を取り囲む「世界」とのインタラクションこそが情報視覚化の変化要因なのでしょう》。
言語によるものも含め「表現」というものについて考えるよい機会となったことを報告したく思います。
2016年6月17日レビュー
THE BOOK OF TREES―系統樹大全:知の世界を可視化するインフォグラフィックス
- 作者: マニュエル・リマ(Manuel Lima)
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2015/03/10
- メディア: ペーパーバック
世界を一枚の紙の上に 歴史を変えたダイアグラムと主題地図の誕生
- 作者: 大田 暁雄
- 出版社/メーカー: オーム社
- 発売日: 2021/12/17
- メディア: 単行本
『日本刀を嗜む』 (刀剣春秋編集部・監修 ナツメ社刊) [アート]
日本刀の基本的な知識・歴史から、鑑賞できる場所の紹介、購入・手入れ方法まで
本書は、宮帯出版社から月1回発行されている刀剣業界新聞「刀剣春秋」編集部・監修の書籍です。
以前、宮帯出版発行の『史眼』(津本陽・井伊達夫著)を読んだことがあります。基本的には歴史にまつわる対談本なのですが、口絵写真や参考コラムにみられる刀剣甲冑に関するマニアックな内容におどろいたことがありました。読んだ当時は「一地方出版社」として認知する程度であったのですが、当該書籍・編集部名から宮帯出版を知り、その内容のマニアックであることの謎を理解することができた次第です。
本書『はじめに』を(「日本刀の美しさ」と題して)、刀剣鑑定・研究家 飯田一雄氏が執筆しています。「武家では日本刀を所蔵することが一つの誉れであった」こと、「恩賞として、贈り物として、また形見分けの遺産とするなどして」きたこと、「日本刀が美術品として称揚されるのは、優れた技を備えた上に美しさがみなぎっていることによる」こと、「日本人は常に美を探究し続け、武器としての鋭利さを超越して至高の気高さを良しとした」こと、「日本の民族性を最もよく表したものが日本刀といえるのかもしれない」こと等が述べられ、そしてさらに、「ものの鑑賞と鑑定には一種の勘(かん)を備えることが大切だ」が、その「勘」「ひらめき」「目筋を養う」ために、参考書を読み、先輩の話を聞き、「たゆまぬ努力と研究の積み重ねによって(日本刀への)理解を深めていく」ことが推奨されています。
当該書籍中、強烈な印象を受けるのは、「名刀図譜17」、「天下五剣」、「天下三作」など多数の写真です。それらには、魅力的な解説が付されていて、妖しい魅力に囚われます。刀剣の高級カタログを見ているようです。本書では、日本刀 各部の名称など基本的な知識からはじめて、鑑賞スポットの紹介、鑑賞会への参加法から日本刀の購入方法、手入れの仕方まで丁寧に記されていますが、とりわけ、購入を考えている方にとって有用に思えます。そのために多くのページが割かれていもいますし、高級カタログ中の写真・解説に通じるなら、良品を見定め入手する際の「勘」「ひらめき」「目筋を養う」大きな助けになろうかと思います。
ソフトカバーの書籍で、いわゆる「豪華本」といった造りではありませんが、価額だけの値打ちは充分にあると思います。
2016年3月28日レビュー
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宮帯出版社ホームページ
http://www.miyaobi.com/publishing/
『図像学入門 疑問符で読む日本美術』山本陽子著 勉誠出版 [アート]
めっぽうおもしろい日本美術に特化した『図像学入門』書
日本美術に特化した『図像学入門』書です。
図像学とは、目の前にある美術作品等(特に、「時が経って文化や生活環境が変わ」り、「そのままでは判らなくな」った作品)が「どういう意味(だった)かを読み解く」学問。
国宝だ、重要無形文化財だ、「めったに見られないものだから見てお」けなどと言われ、しかつめらしい顔して眺めても、美しくも感じられず、感動的でもない作品はあるもの。それでも、「説明を聞いて意味がわかれば、千年前の作品もぐんと身近になるし、ものによっては感動してしまったりする」。
要するに、作品と鑑賞者の仲立ちをして、その意味がわかるよう助けるのが、図像学(イコノグラフィー)の目的とするところのようです。(著者「まえがき」と「あとがき」からそのように読み取れます)。
ところが、ときに、「入門書」が「入門」の役目をはたさず、仲立ちをするどころか、さまたげとなることがあります。しかし、この本は、さまたげとなるどころか、おおいに役目をはたすだけでなく、おまけにめっぽうおもしろい。著者の人柄によるものでしょうか、それとも、面白くしようと努めてくださった賜物でしょうか。「観音にはひげがある?」などの目次を見れば、おおよそ感じがつかめることと思いますが・・・。
具体的には、たとえば、仏教美術に関し、『如来』についての記述に「後ろに如来と付くのは悟りを開いた人を意味し、仏教の中では最も格が高い」の説明があります。そこに「56億7千万年の瞑想後に悟りを開いて弥勒如来になると予定される」弥勒菩薩のことが出てくるのですが、その脚注には、「だから弥勒菩薩は頬杖をついた姿に表され、現在はずっと『考え中』のままなのである」とあります。図像がイメージされ、おもわず笑ってしまいました。
書籍は、疑問に答えるスタイルで、一つの項目に見開き4ページ(うち図像1ページ)を利用して、構成されています。日本に生れ、日本国籍・日本在住の日本人でありながら、日本美術を解説なしには読み解くことができなくなっているという一抹のさびしさも感じましたが、しかし、それ以上に、自分の足元の文化を再確認するうえでたいへん参考になりました。
2016年1月7日レビュー
図像学入門 荒俣宏コレクション2 目玉の思想と美学 (荒俣宏コレクション2) (集英社文庫)
- 作者: 荒俣 宏
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/04/16
- メディア: 文庫
THE BOOK OF TREES―系統樹大全:知の世界を可視化するインフォグラフィックス [アート]
THE BOOK OF TREES―系統樹大全:知の世界を可視化するインフォグラフィックス
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2015/03/10
- メディア: ペーパーバック
「樹形ダイアグラムの歴史を叙述した優れた著作」
表紙から「マインドマップ」を連想し、記録し理解し整理して知的生産性をあげる技術を提供する本のように思って当該書籍を手にしました。
実際には、ベン・シュナイダーマンが「序文」に示すように「樹形ダイアグラムの歴史を叙述した優れた著作」です。著者本人の「日本語版へ寄せて」から引用すると、「本書は、系統樹という普遍的なメタファーを踏まえて、獲得したあらゆる知識を視覚化し分析し理解しようとして試行錯誤を続けた人間の好奇心と創意工夫の集積である。本書は系統樹ダイヤグラムの長い歴史に私たちを誘い、中世の宗教的ルーツから現代のコンピューター時代の産物にいたる変遷の様子をたどる。200枚以上の図版を見ることで、人間の好奇心の歴史がいかにさまざまな方法を考案して情報を表現しようとしてきたかがわかるだろう。視覚化というプリズムを通して、私たちは文明の進展を垣間見ることができる」と、あります。
さらに著者「まえがき」からの引用ですが、「本書を構成する11の章は、階層構造を表示するためのさまざまな方法と技法を解説する。もっとも長いChapter01は、古代の樹形ダイアグラムを論じる。かつての樹形ダイアグラムは現実世界の樹木に似せて描かれ、しばしば華麗な装飾を施されていた。つづく10章は、大きく二つのセクションに分けられる。Chapter02~06までを含む第一のセクションは、抽象化されたダイアグラムとしての樹形チャートの初期の形態を示すとともに、ノード-リンク・ダイアグラム(実体を表す“葉”をノードとするとき、ノード間のつながりは“枝”を意味するリンクあるいはエッジによって結びつけられる)のさまざまな事例を挙げる。Chapter07~11までを含む第二のセクションでは、より現代に近づき、最近広く用いられるようになった方法群、たとえば多角的セルを異なる階層ランクによってネストさせる空間充填法、あるいは隣接ダイアグラムを用いた数多くの手法を挙げる。」
各章の目次は、Chapter01:象徴樹 Chapter02:垂直樹 Chapter03:水平樹 Chapter04:多方向樹 Chapter05:放射樹 Chapter06:双曲樹 Chapter07:矩形樹マップ Chapter08:ヴォロノイ樹マップ Chapter09:円環樹マップ Chapter10:多層同心円マップ Chapter11:階層懸垂マップ
となっています。各章は「年代順に配置されていて、カテゴリーごとの歴史的変遷がたどれるようにして」あるとのことです。
「情報の視覚的表現と階層構造の図示を目指して、われわれ人間は驚くべき豊かな創造力を発揮したことを私は知った。本書を手にした読者が私と同じ体験を喜んでいただけたならば、著者として本望である」と、著者「まえがき」は結ばれています。
ただ単に、図版を見て、各図版に付されている解説をみていくだけでも、たのしい経験です。
2015年5月22日レビュー
日本の風景を変えた男 竹内敏信(風景写真2022年7・8月号) [アート]
竹内敏信追悼号。『日本の風景を変えた男』とタイトルされている。
「竹内敏信追悼ギャラリー」
作品29点が詳細なデータと共に紹介される。年譜も詳細。
そこに記された石川薫氏の文章からの一節を以下に引用。
竹内の言葉を借りれば、風景写真におけるフレーミングとは現実の風景から、象徴的(シンボリック)なシーンや被写体を”抽出”する作業であるという。はたして竹内が新たな技法を駆使して風景から抽出しようと挑んでいたものに興味を向け、理解した人はどれくらいいただろうか。(p035)
はじめての絵画の歴史 ―「見る」「描く」「撮る」のひみつ [アート]
A History of Pictures for Children
- 出版社/メーカー: Thames & Hudson Ltd
- 発売日: 2018/09/06
- メディア: ハードカバー
『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』の著者ロジャー・マクドナルド氏が「世の中をディープ・ルッキングするためのお勧めの本としてデヴィッド・ホックニーの『秘密の知識 巨匠も用いた知られざる技術の解明』を紹介していた。それで、まずは子ども向けの本を読んでみようと本書を手にした。
「絵画の歴史」とあるが原題は A History of Pictures for Children である。picture は絵画も示すが写真も意味する。本書は両者をとりあげている。ホックニーはレンズ、鏡が歴史に登場してきたあたりから、絵描きがそれらを活用してきたことを示している。16世紀後半に活躍したカラヴァッジョについて次のように述べる。《ぼくは長い間、カラヴァッジョやほかの芸術家たちがどうして本物そっくりな絵を描くことができたのか、その方法について考えてきた。カラヴァッジョはたぶん、描こうとしている人物(モデル)にアトリエでポーズを取らせ、その姿をカンヴァスに投影して絵を描いたんじゃないかと思う。 / つまりこういうことだ。カラヴァッジョは、強い光が当たる場所ー例えば窓のそばーにモデルを置き、自分自身は小さな穴をあけた壁や仕切りの向こう側にいて、絵を描いた。小さな穴を通して入ってきた光によって、カンヴァスに「像」が投影される。投影された「像」は本物とまったく同じだけど、上下さかさまになっているんだ。ぼくも実際にやってみたけど、その「像」の正確さには本当に驚かされたよ》。そういうわけで、本書の視界には絵画・写真・映画も入ってくる。
著者ホックニーによる「はじめに」を見ると、どうも本書の意図は Pictureそのものの歴史というより、絵を描く技術革新の歴史、それに伴う表現(と同時に「見え方」)の推移の歴史を示しているようだ。以下のようにある。《ぼくたちの周りには、「絵」があふれている。ノートパソコン、携帯電話、雑誌、新聞、本・・。街の中やテレビで「絵」を目にすることもあるだろう。「絵」は美術館や博物館に飾られているし、きみの家の壁にもかかっているかもしれない。ぼくたちは、何かを考え、想像し、世の中をもっと理解しようとするとき、言葉と同じくらい「絵」を使うんだ》中略《この本には、よくある歴史の本に書いてあるようなこと(どんな出来事が、いつどんな順番で起こったか、とか)は書いていない。でも、ちょっとした年表をまとめておいた。これを見れば、昔の芸術家たちがどんな道具を使っていたのか、新しい技術が発明されて、「絵」がどう変わっていったのかがわかるだろう》中略《ぼくたちはみんな、自分なりの見方で「絵」を見ている。いろんな見方ができるのが「絵」のすばらしいところだし、だからこそ、ぼくは「絵」を作り続けているんだ》。
対談形式で、子ども向けのイラストも多用され、文字にはルビも付されている。子どもたちが、世界の多様性を知り、多様な見方が存在することを理解するうえでイイ本であるように思う。
「間取り図大好き! 増改築版」間取り図ナイト編 扶桑社 [アート]
不動産の賃貸売買に「間取り図」はツキモノですが、本書で紹介される図面をとおして「間取り図」に個性があるのを知ることができます。個性というと聞こえはいいですが、紹介されるのは一風変わったものばかりです。「間取り図」を描く方は笑いをとろうとして、そうしているのではないでしょうが、本書は、そうした “ヘンな” 間取り図のボケ具合を楽しむことのできる本です。そこに編者たち(森岡友樹・大山顕・大塚幸代)がツッコミを入れます。「こら!ボケー」などと激しい言葉は投げかけません。たいへん穏やかでシニカルです。オダシニです。そのコメントが、またまた楽しい。「間取り図」初心者の方も、最後のページを開くころには、「間取り図」の見方(変なところを発見する能力)がいや増すように思います。読みながらけっこう笑えます。声をだして笑えます。たのしい本であります。
「絵画は眼でなく脳で見る―神経科学による実験美術史」小佐野重利著 みすず書房 [アート]
タイトルどおりの本で、新しい絵画の見方を示しているようなのだが、なんとなくメンドウクサイ。こちらに中途半端な神経科学、認知科学の知識があるためかもしれない。読んでいて「ああ、ミラーニューロンのことね・・」「トップダウン、ボトムアップ処理のことをいってるよ」など思いに浮かんでくる。既知と思われることを再び裏付ける論議に思えるからなのかもしれない。知識の重複と感じられるからなのかもしれない。話題は「チャンス・イメージ」やダ・ビンチの真贋定まらない作品のことや盲人の描いた具象画のことなど興味深いものが多く、歓迎すべきものなのであるが、なんとなく重荷に感じられるのである。
著者は、本書の趣旨を(『序章』末尾で)次のように書いている。「美術作品そのものに密着し、問いかけ、真相を語りたがらない作品が生み出された経緯や謎を探ること、それが美術史の醍醐味だと思っている。作品そのものから離れ、遠心的に隣接人文社会学領域へ研究を広げるのは、作品研究のあるべき方向を誤まらせる恐れがある。 / 筆者なら、作品そのものに向けて求心的に接近する方法を選ぶ。その方向を試みるべきだと思い立って十年近くになる。/ 本書は、その研究スタンスから美術作品に肉薄する方法を、美術と科学あるいは科学画像との親密性から説き起こし、分析化学、ひいてはニューロサイエンス(神経科学)との協同という観点から、ケーススタディのように解き明かす試みである」。
面倒くさく思えるのは、学術書ならではの読みにくさが関係している模様である。実験や他の論考への言及が多い。それをメンドウとせずに腰を据えて、示される「ケーススタディ」を丹念に読み解いていけばいいだけのことなのだろう。
芸術脳の科学 脳の可塑性と創造性のダイナミズム (ブルーバックス)
- 作者: 塚田稔
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/11/27
- メディア: Kindle版