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『老楽力』 外山 滋比古著 展望社 [エッセイ]


老楽力

老楽力

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 展望社
  • 発売日: 2012/05
  • メディア: 単行本


元気のでる本

元気のでる本だ。外山先生、83歳のときの発行だ。

ご自身を「根本実当」と称して、三人称扱いで書いている。

83といえば、押しも押されもせぬ立派なご老人である。その先生の元気の秘訣が出ている。それは「お山の大将」元気法ともいうべき方策である。

発行年は、2006年。思えば、それ以降に書かれた『雑談のセレンディピティ』やら『思考力』やらを想起させる内容が盛り込まれている。それらを読んだ方は、あえて読むまでもないかもしれない。

瓢水なる人物の「浜までは海女も蓑着る時雨かな」、岸信介の「ころぶな カゼひくな 義理を欠け」や リズ・カーペンター女史、サミュエル・ウルマン、佐藤一斎らの言葉をめぐるエッセイには、本書の基調をなす考えが示されている。

先生のエッセイは、真率である。ユーモアもある。ときに、笑いをもよおす。実際に笑えるエッセイは貴重である。

2018年4月25日にレビュー

**(以下、上記書籍からの引用)**

このごろ若い人たちが、よく

「元気をもらった」

というのを、根元実当はにがにがしく思っている。元気はもともと、もらったりするものではなく、出す、ものだと彼はいう。出すには、まず元気をつくらなくてはいけないともいうのである。

もともと、中国の昔、万物生成のもとの精気ということであった。すべてのものの元は元気というわけである。後になって、その活動による生々した状態、体でいえば健康なことを元気というようになった。その気を病むのが病気というわけだ。

マラソンを見ていて、熱くなり、乗り出したくなるようなとき、「元気をもらった」というのは、いかにも慾深で、あさましい。ランナーが元気を出して走っているのは、見物に、元気を与えるためではない。見ている人間が勝手にもらったといっても、ちゃっかり頂戴したのにすぎない。くれたから、もらったのではない。

元気は自分の力で出すものだ。

出すには、元気がなくてはいけない。人間、はじめから元気があるのではなく、努力して元気をつくり出す。もちろんもらった元気は借りもので、本ものではない。

どうしたら元気をつくり出すことができるのか。生き生きと働き、仕事をし、なにごとも力いっぱいで励むーーそういう生活の中から元気が出てくる。モーターが動いて電気がおこるのに似ていなくもない。じっとなにもしないでいては元気は出ない。とにかく活発に動くことである。規則正しい生活も元気のもとになる。不健康な生活では元気は出にくく病気になりやすい。

ただ動きまわるのではなく、目標をもって、そこへ向かって進んでいく。夢をもって、その達成に我を忘れて夢中になっていると、おのずから活力がわいてくる。体も頭も使ってやらないと、だんだん、衰えてきて、力を失う廃用性萎縮ということがある。年をとった人が二十日も寝たきりの生活をしていると、脚の筋肉が落ちてしまって歩けなくなる、というようなものが廃用性萎縮である。元気はその反対、つまり、どんどん活動することによって生まれる、活力である。

後略

(「元気」から)




乱談のセレンディピティ

乱談のセレンディピティ

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/06/02
  • メディア: 単行本



思考力

思考力

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: さくら舎
  • 発売日: 2013/08/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



闘いつづける力: 現役50年、「神の手」を持つ脳外科医の終わらない挑戦

闘いつづける力: 現役50年、「神の手」を持つ脳外科医の終わらない挑戦

  • 作者: 福島 孝徳
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2018/01/31
  • メディア: 単行本



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『記憶の海辺 ― 一つの同時代史』 池内紀著 青土社 [エッセイ]


記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

  • 作者: 池内紀
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/12/01
  • メディア: 単行本


繰りかえし読みたくなる滋味あふれる著作

「同時代史」という体裁を用いた半自叙伝。体裁をもちいたというと「テイサイがイイ」が、著者の「韜晦」的な性格を示しているのではないか。本書中、著者が好意を示している人物たちをみると、皆ほとんどが「中央」に鎮座ましますような人物ではなく、片隅に、あるいは「辺境」に居ることを愛するような人物たちだ。そして、それでいながら、普通のレベルを超えた教養の持ち主であり、しかも並外れた諷刺気質のために、同時代からはみでてしまうような人たちばかりだ。カール・クラウスしかり、ペーター・アルテンベルクしかり、小林太市郎しかり・・・。

だから、体裁どおりに受け取ってはいけない。著者は、自分の歩んできた人生とその時代(日本だけでなくヨーロッパも視野に入れて)を語りながら、実は、当代をするどく批判している。第一次世界大戦前・後のウィーンについて語りながら、その視野には今日の世界も入っているはずだ。「仮借のない文明批評家」であったカール・クラウスや「自伝を玉ねぎの皮むきにたとえて、沈黙の過去を素材に、現代メディア社会の皮むきをした」ギュンター・グラスも著者の念頭にはあるだろう。しかし、その矛先はうまく隠されている。

池内さんのことはNHK-FM『日曜喫茶室』の常連さんのお一人として認知した。今回、はじめてその著作にふれた。背伸びをすることなく、ひとりの人間として誠実に、自分の人生を大切にしてこられたご様子を本書から知ることができた。そうする中で、信頼できる関係がうまれる。友人たちは、氏に次の道を開いてくれたりもする。お説教はひと言もないが、自分の人生を大切にするよう促される。

ゲーテ、カフカ、カール・クラウスについての記述など、文学愛好家にとっては、目の覚める話にちがいない。(本書中、「生身の」マックス・ブロートを見、聴講した話、レニ・リーフェンシュタールをおぶった話、ギュンター・グラスとグラスをかたむけた話など興味深いエピソードが盛られているが)、先の三者についての記述は、文学観の変更をせまる内容もあり、それはまた、著者の創作裏話ともなっていて、それらもまた興味深い。

巻末にある、氏の日常も味わいがある。「当人の話」と「夫人の話」の双方から、氏の生活が浮き彫りになる。氏は平凡な日常のおわりに言う。「トシをとっても、三年先にどんなものをつくれるか、たとえかすかであれ、自分の可能性に賭けていなくては、生きている意味がないのです」。見かけは平凡でも、志しは高い・・・。

本書同様の繰りかえし読みたくなる滋味あふれる著作を期待したい。

2018年4月6日にレビュー

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる

  • 作者: 池内 紀
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2017/08/11
  • メディア: 単行本



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ドイツ文学者でエッセイストである方の自伝のような本から [エッセイ]


記憶の海辺――一つの同時代史

記憶の海辺――一つの同時代史

  • 作者: 池内 紀
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/12/01
  • メディア: Kindle版


今(2018-04-05)読んでいる本から、以下に引用してみたい。ドイツ文学者でエッセイストである方の自伝のような本だ。その方は、ウィーン留学時の経験を興味深く記している。

しばらく前に、天才を輩出した都市をとりあげた『世界天才紀行』という本を読んだ。その本では、ウィーンに2章を当てていた。たしかに凄い面々が出ているのである。
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-12-23-1

いま、それを思い出しつつ読んでいるところ。

(以下、引用)

同じ生年だから同時代に生きたとはかぎらない。それを同窓でむつみ合うのは、ぬくろみの残ったトイレに腰を下ろすような不快感がある。11

学校では民主主義をおそわったが、まわりの社会では戦前からの制度と習わしがゆるぎなく支配していた。30

当時ゲーテなど眼中になかった。それは叔父のような旧制高校出の時代遅れの知識人にふさわしい、古色蒼然とした古典作家にすぎなかった。71

1967年、はじめて私はウィーンへ行った。オーストリア政府奨学金という制度があって、運よくそれにありついた。・・・ウィーン大学の窓口で、奨学生は授業に出なくてはならないのかとたずねると、窓口係の若い男は肩をすくめた。それから、「お好きなように」と言った。・・・それで安心して、授業には出ないことにした。知りたければ本を読めばいい。考えるためには頭がある。せっかく遠い異国の古都に来て、古ぼけた大学の机にしられていることはない。81

後日、私は友人に、その男のことをたずねた。、ウィーン・フィルのメンバーで、・・・エッセイの名手で、新聞に匿名で書いている。本はない。書く楽しみが満たされればそれで十分、「なんぞおのが恥を千載にのこそうぞ」とか。友人はつけ加えた。 / 「この手の変わり者は、ウィーンにどっさりいるね」90

図書館の常連たちであって、おおかたが白髪の老人だった。一般にヨーロッパにはアカデミズムとは一線を画して民間学者の伝統があるが、名を知れば、それにつらなる人たちだったと思われる。101

日本を立つ前、若気のいたりで薄っぺらな詩集を詩集専門の出版社から出していた。・・・あとになって恥じらいのあまり、一冊のこらず処分した。108

(フラウ・ブロノルドは)その能力からして、もっと広い世界で華やかに活躍できる人なのに、貧乏な詩人や作家の面倒をみる小さな組織で苦労していた。111

そのころ(エリアス・)カネッティを知ったばかりで、典型的な辺境の子の異質性に呆然とする思いだった。・・・文学にかぎらず、何らかの新しい思想や試み、また新しい人間タイプは、おおかたの場合、辺境からきたのではあるまいか。116

饒舌が、そして饒舌のみが幅をきかせる20世紀に、みごとな沈黙のスタイルを商品化した。この現代にあっては、沈黙のスタイルほど雄弁なものはないことを、よく知っていたからにちがいない・・・。138

小林太市郎はたぐいまれな学者だった。にもかかわらず、ほとんどといっていいほど知られていない。 / この解説者によると、小林太市郎は「一種の自己韜晦者」であって、晩年には神戸の大学に職を奉じたが、教授会には一度も出てこなかった。134

諷刺の歴史をつづってみてもつまらない。やたらに名前と作品名が並ぶだけで、そんなものを誰が読みたいと思うだろう。たとえ古典ギリシアや中世にさかのぼるとしても、とりあげた対象が何らかのかたちで現代とかかわりをもたなければ意味がない。162

シーザー暗殺事件のあと、キケロは気にして訊ねたという。巷の喜劇役者がこの事件をいかにとりあげ、民衆がそれにどのような反応を示しているか。このエピソードはいかにもキケロの鋭敏な政治的本能を伝えている。あきらかに彼は政敵よりも民衆を恐れた。笑いにこめられたエネルギーが、いつ何どき行動に転化するかもしれないことをよく知っていた。163

カリカチュアによる諷刺は見えないものを見せるわけではない。ちゃんと見えているのに、人が見ようとしないものを見せるものだ。166

ペーター・アルテンベルク 市民社会の落ちこぼれだったが、かたわら、ともてステキな散文を書いた・・カメラマンがスナップ写真を撮るようにして印象深いシーンを目の底にやきつけ・・ありあわせの紙にそそくさと書きとめた。 / そんなペーターのポケットからくしゃくしゃの紙を取り出し、新聞社や雑誌社に持ち込むのが、若いエゴン・フリーデルの役目だった。のちに浩瀚な『近代文学史』を著した文明史家で、ウィーン大学卒の大読書家。彼もまた畸人の一人といえただろう。・・ウィーンの世紀末をいろどったディレッタントの一人である。181

世紀転換期のウィーンに、おびただしい才能が輩出した。さまざまな分野にわたり、特異な個性がひしめいている。それは奇怪なながめですらあるだろう。183

ウィーンの世紀末における才能の輩出には、東洋の島国から見るとお伽噺のような、およそケタ外れの多言語国家と多言語人間が介在している。187

文明は爛熟すると、異種変種を生み出してくるものだ。「中心」の人物たちはまた、その身にひそかな「辺境」をかかえていたようなのだ。カール・クラウスは仮借のない文明批評家であると同時に、おそろしく達者な俳優であって、シェーンベルクは・・・、ホフマンスタールは・・・、ヴィトゲンシュタインは・・・188

カール・クラウスはこう言いさえした。「言葉遊びから思想が生まれる」227

クラウスによれば、ジャーナリズムこと、この大戦をひき起こし、四年余の長きにわたって引きのばした張本人だった。232



人類最期の日々[普及版](上)

人類最期の日々[普及版](上)

  • 作者: カール・クラウス
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2016/11/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



人類最期の日々[普及版](下)

人類最期の日々[普及版](下)

  • 作者: カール クラウス
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2016/11/25
  • メディア: 単行本



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『ダニ博士のつぶやき』 青木淳一著 論創社 [エッセイ]


ダニ博士のつぶやき

ダニ博士のつぶやき

  • 作者: 青木淳一
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2017/12/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


著者は、なかなかたいへんな・・・

論創社ホームページに〈養老孟司氏推薦!「面白くて、ためになる本です。著者の青木さんはへそ曲がりじゃありません。世の中のほうが曲がっているんです」〉とある。養老さんは昆虫好きのよしみで本書を推薦したのだろう。だが、本書には昆虫の話もダニの話もほとんで出てこない。もっぱらの内容は、著者の「日常と日本語にまつわるエッセイ」である。

古くからの馴染みゆえに(その経歴から両氏は「馴染み」だと評者は勝手に思うのだが)、養老さんをダニ扱いする文章があるかと期待(?)したが、養老さんの話題はまったく出てこない。どうも著者は、推薦者よりずっと上品な人物のようである。推薦者が時につかう「バカヤロー」などの言葉もない。そもそもそのようなことはあえて取りあげない方にちがいない。

それでも、結構な「へそ曲がり」であることは、著者の「つぶやき」からつぶさに分かる。推薦者は「青木さんはへそ曲がりじゃありません」というが、同じく共に「へそ曲がり」なので、「へそ曲がり」が分からないだけである。だが、その「へそ曲がり」の「つぶやき」がたいへん面白い。ご本人も「あとがき」で記しているが、「年を取ると、どうしても小うるさくなってくる。そう言えば、落語に出てくる大家の小言幸兵衛も・・・」と書いている。

人生経験があって、時代、言葉、習慣の変化を見てきた者には、現在起きている物事にいろいろ言いたいこと(小言)が出てくるものだ。落語・小言幸兵衛で、その口からどんどん溢れ出る「小言」には感心させられ笑わせられもするが、幸兵衛よろしく著者もいろいろなことに反応する。読んでいくと、著者と同じく気づいていながら、きちんと受け留めることなくやり過ごしてきてしまったことに気づく。それも少なくない。ところが著者は、気づくだけでなく、しかるべきところに訴え出て行政を変えてきもした。そのように、著者はなかなかたいへんな人物なのである。

また、「本当にあった、ちょっと怖い話」も紹介される。著者の目には、(純粋だからかどうかは知らないが)「妖精」も姿を見せるという。戦時下の話も出てくる、学習院(初等科)時代、常陸宮と同学年で日光に疎開した話もでてくる。全般に、若い方ほど、目をとおすと学ぶ点が多いにちがいない。内容は「面白くて、ためになる」のだが、造本からいって(評者の勝手な「つぶやき」だが)少々高いのではないか、と思ったことだけ記しておきたい。あと、著者に倣って最後に一言。p109に「箪笥は人竿、羊羹も一竿」とあるが、「人竿」は「一竿」のまちがいだろう。

2018年3月7日にレビュー

ものがわかるということ

ものがわかるということ

  • 作者: 養老孟司
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2023/02/01
  • メディア: Kindle版



NHK落語名人選(10) 六代目 三遊亭円生 小言幸兵衛・百川

NHK落語名人選(10) 六代目 三遊亭円生 小言幸兵衛・百川

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 1990/05/25
  • メディア: CD


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『多田富雄 からだの声をきく (STANDARD BOOKS)』 平凡社 [エッセイ]


多田富雄 からだの声をきく (STANDARD BOOKS)

多田富雄 からだの声をきく (STANDARD BOOKS)

  • 作者: 多田 富雄
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2017/12/10
  • メディア: 単行本


科学者(免疫学者)であると同時に、「能楽」にたいへん造詣が深かった人物によるエッセイ

STANDARD BOOKSは、「科学と文学の双方を横断する知性を持った科学者・作家を1人1冊で紹介する随筆シリーズ」。これまでも、岡潔、牧野富太郎など発行されてきた。多田富雄は、科学者(免疫学者)であると同時に、「能楽」にたいへん造詣が深かった。それゆえ、STANDARD BOOKSシリーズに、取りあげられるに足る人物である。

多田の刊行物としては、藤原書店から『多田富雄コレクション』(全5巻)が出ているが、本書にはそのエッセンスが収められているといっていいのだろう。評者は、はじめて本書で多田の著作に触れる機会を得たが、大学時代「能楽堂にいりびたり」「ひどく人生に悩んで」「かけもちで一日二ヵ所のお能を見たこともあった」人物、しかも後に「鼓方大蔵流の達人の稽古を受けるようになった」方ならではの、能楽評(舞台、鼓、面など)を知ることができる。本書収録の「能を観る」には、観能に出かけ、客席に座をしめ、シテ方の出を待つあいだから終演に至るまでのことが、たいへん魅力的に記されている。実際、これは見にいかねばなるまい、と思わせるだけの力がある。記す本人が、それだけの魅力を実感していなければ到底書けない文章である。

『能』への多田の関心は、専門の医学や社会事象にも反映されている。「能」が死や「亡心(亡霊)」と深くかかわるように、本来「生」を取りあつかい「死が否定されていた医学生物学の世界」にあって、多田の死への(それはつまり「生」への、と即言いかえることができるが)眼差しは深い。その点、「アポトーシス」に関する論議は興味深い。〈アポトーシスは、外力によって細胞が殺されるのではなくて、細胞が自ら持っている死のプログラムを発動させて死滅していく自壊作用による死である。「自死」というような訳語もしばしば見られる。〉と説明したのち、具体例などあげながら、結びで次のように述べる。〈したがって、細胞の利他的な死があったからといって、集団の中での個人の生死や、組織の中での人間の生き方に安易に投影してはいけない。そこには、もっと上の階層の問題としての哲学的な死の概念があり、それは下の階層である細胞の死と同じ平面では扱えない。(「死は進化する」)〉。そのことは、別のエッセイ(「超システムの生と死」)で、平明にこう論じられる。〈同様に、細胞のアポトーシスに見られたルールを個体の生命にまで広げて、ことに人間社会における適者と不適者の選別に投影するなどというのは、生命の階層性を無視した論理である。会社組織において一握りのエリートは以外は、不況下では脱落してゆけばよいなどという論理は、科学の仮面を被った愚かな俗論である。〉

本書では、多田がスペイン、軍政下のミャンマー、イタリアを訪問したときの経験・考察も記されている。それもまた、興味深い。

(以下目次) 科学者の野狐禅 / 手の中の生と死 / 人間の眼と虫の眼 / 甲虫の多様性、抗体の多様性 / 風邪の引き方講座 // ファジーな自己(行為としての生体) / 超(スーパー)システムの生と死 / 死は進化する // 能を観る / キメラの肖像 / 記憶を持つ身体 / 里のカミがやってくる / 面を打つ / 裏の裏 / 春の鼓 // からだの声をきく / ビルマの鳥の木 / ゲノムの日常 / インコンビニエンス・ストア / 鳴らない楽器 / 日本人とコイアイの間 / 老いの入舞 // オール・ザ・サッドン / 新しい人の目覚め / 理想の死に方 // 生命と科学と美 (理科が嫌いな中学生の君へ) // 著者略歴 / もっと多田富雄を知りたい人のためのブックガイド

2018年2月14日にレビュー

『牧野富太郎 なぜ花は匂うか (STANDARD BOOKS)』 平凡社
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-09-28

牧野富太郎 なぜ花は匂うか (STANDARD BOOKS)

牧野富太郎 なぜ花は匂うか (STANDARD BOOKS)

  • 作者: 牧野 富太郎
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2016/04/11
  • メディア: 単行本



日髙敏隆 ネコの時間 (STANDARD BOOKS)

日髙敏隆 ネコの時間 (STANDARD BOOKS)

  • 作者: 日〓 敏隆
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2017/10/13
  • メディア: 単行本


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『川を歩いて、森へ』 天野礼子 中央公論新社 [エッセイ]


川を歩いて、森へ

川を歩いて、森へ

  • 作者: 天野 礼子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/02/08
  • メディア: 単行本


「オーパ!」

当初、タイトルから推して、ソローの『森の生活』のような静謐な世界に誘うエッセイかと思った。開高健とのつきあいもあるというので、文学的興味から手にしたのだが・・・

「オーパ!」である。開高健に『オーパ!』というブラジルへの釣り紀行があるが、そこには《何事であれ、ブラジル人は驚いたり感嘆したりするとき、「オーパ!」という》という一文があった。本書を読んでの印象は、まさしく「オーパ!」であり、そして「オーパ!」であった。

内容からいえば、著者の半生記といっていい本書だが、読んで思い浮かんできた言葉は、「女・小田実だア!」である。日本の河川3万本を保護していこうとするその行動力には凄いものがある。長良川河口堰反対運動では開高健、C・W・二コルを担ぎだし、林野庁の林業再生では「大阪に天野さんというすごい女性がいるから」と養老孟司の推薦を受けて動き、養老さんを会長、自分は事務局長に座って、がんばっている。脳動静脈奇形という病気をかかえながら、時々気絶しながら、である。

森が海を育てる話はかねて聞いていたが、サケ(鮭)が森を育てる話がでる。「面会謝絶」の開高を探しだして見舞う話もある。著名政治家たちとの人間味ある話も出る。元気の出て来る本だし、元気を出さないといけないと思わせる本でもある。

2017年3月25日にレビュー

『自由人の条件』開高健(その1) 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-03-29

オーパ! (集英社文庫 122-A)

オーパ! (集英社文庫 122-A)

  • 作者: 開高 健
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1981/03/20
  • メディア: 文庫




ダムと日本 (岩波新書)

ダムと日本 (岩波新書)

  • 作者: 天野 礼子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/02/20
  • メディア: 新書



日本一の清流で見つけた未来の種

日本一の清流で見つけた未来の種

  • 作者: 天野 礼子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『骸骨考:イタリア・ポルトガル・フランスを歩く』 養老 孟司著 新潮社 [エッセイ]


骸骨考:イタリア・ポルトガル・フランスを歩く

骸骨考:イタリア・ポルトガル・フランスを歩く

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/12/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「どうしてこんなこと、始めちゃったのかなあ」

1937年にお生まれの養老先生は、アンデルセンの『赤い靴』をはいた少女がダンスを止められなくなったように、骸骨になるまで本を書き続ける運命にあるもよう。出版社、編集者に担ぎ出されて、このたびはヨーロッパの骸骨をめぐる旅。

冒頭はこう始まる。《中欧のお墓を巡礼して、その連載記録がまとまった(『身体巡礼 ドイツ・オーストリア・チェコ編』新潮文庫)。今度は南欧である。どうしてこんなこと、始めちゃったのかなあ。自分でもよくわからない。人生と同じで、旅はひたすら続く》。

先生の論議は、動きが速い。その論理は飛ぶ。少なくとも評者にはそう思える。飛躍する論理にとまどいつついると、先生は「つまり・・」「だから・・」と結語し、障害物を難なく飛び越える。ところが評者は、飛躍についていけず、壁にドンと衝突する。しかし、それでウラミが生じるかというと、それが小気味いいときている。こまったものだ。論理についてはいけないが、直観的に(妥当かどうかは分からないものの、すくなくとも)障害物を越えるために論理の橋をわたす労苦に値するように思えるのだ。だから、読んでいくと、ビートたけし扮する土建屋のオヤジに、「バカヤロ、このこの」と小突かれている気分になる。

そんなこんなで、「どうしてこんなこと、始めちゃったのかなあ」の思いを引っさげながらの旅のなかで、先生は昔を思い出し、現在を見わたし、昆虫のことなど取り上げながら、「意識」「情報」「言葉」「主語Ⅰ 」「戦争」「自由」のことなどに思いをめぐらす。「研究費申請」「小保方晴子氏」「ユリアヌス帝に追われたアタナシウス」」「脳死」などなどの話題もでる。

そして、最後にはちゃっかりと「どうしてこんなこと始めちゃったのかなあ」の謎をみずから解く。《(お墓や骨は)「言葉にならないもの」、現代風にいうなら「情報化され得ない」ものに対する、儚い憧憬が表されているのであろう。つまり自分は若いころから同じ主題を追い続けている。そう気づいて、自分で驚く(「あとがき」)》と書く。

読んでいくとナルホド、取り上げられているのは、先生がNHKラジオの『文化講演』などで、よく話題にしていることである。そういうことであれば、読む必要もなかろうと思いもするが、「儚い憧憬が表されているので“あろう”」と先生自身書いている。断言はしていない。つまりは、さらに『骸骨考』は深められる余地がある。まあ、考えを深めるのは先生にお任せするとして、こちらは、「バカヤロ」と小突かれたいために、また読むのだろうな・・・。

2017年2月24日にレビュー

運のつき 死からはじめる逆向き人生論

運のつき 死からはじめる逆向き人生論

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2004/03/18
  • メディア: 単行本



上記書籍の新版は以下

養老孟司の人生論

養老孟司の人生論

  • 作者: 養老孟司
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/08/25
  • メディア: 新書



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『洞窟ばか』吉田 勝次著 扶桑社 [エッセイ]


洞窟ばか

洞窟ばか

  • 作者: 吉田 勝次
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2017/01/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


面白い人が書く本は面白い

たいへん面白い本だ。「未知」の「感動」の空間を求めて著者は、洞窟を奥へ先へと突き進んでいく。

スーパーで巻き寿司を売ったり、のみ屋、工事・解体現場で働いたりしながら、26歳で自分の会社を持つにいたったものの、著者の心にふと湧いた疑問は「オレの人生、このままでいいのか!?」。それから著者は、登山を、氷壁登りを、スクーバダイビングをしたりするうちに、「洞窟探検という遊び」があることを知る。ケイビングクラブ主催のはじめての探検のことを著者は次のように記す。

《暗闇の中を這うように進みながら、洞窟が持つ圧倒的なパワーに自分が吸い込まれていくような感覚が湧き上がってきた。たぶん洞窟に入って10メートルも進んでなかったと思う。しかし、オレのテンションはすでに最高潮に達していた。/ 「これだ!、これだ!、これだ!」/ 「オレがやりたかったのは、こういうことなんだ!!」。/ 大げさでなく、自分の心にドカーンと雷が落ちた感じがした。そして、まわりは真っ暗だったのだが、目の前がパーんと明るくなるような感じもした」》。

それから「洞窟病」となって、どんどん洞窟に深入りし、洞窟を中心とした生活にのめり込み、果ては周囲に「洞窟病」を感染させ、テレビ取材のサポートやら学術探検やらでのオファーがかかるまでになる。現在は、写真集を出すために奮闘中であるもよう。

著者の「洞窟病」(評者には「洞窟教」という宗教にも思えるが)に感染する前とその後を読みながら、スーパーの店員やのみ屋の給仕や工事現場の職人など、ごくごくフツウの人の中に、著者のような魂(スピリット)の持ち主が隠れているのかと思うと、「未知」との出会いを求めて、誰彼なく声をかけてみたくなる思いがした。たいへん面白い本で、凡庸なことを記すが、面白い人が書く本は面白くなるということだろう。著者の次なる本、写真集の発刊されることを首を長くして待ちたい。

2017年2月13日にレビュー

以下は、洞窟探検「仲間」に関する記述。

《オレも仲間たちも落石には細心の注意を払って行動しているが、そもそも洞窟に入る以上「落石のひとつやふたつ」という覚悟は常に持っている。それに今回は仲間が落としてオレが当たったが、逆の立場になることだって十分にあり得る。/ 仲間が石を落とし、オレに当たったことは「しょうがない」ことだし、左肩を骨折した状態で何とか300メートルのロープを(ふつうなら3,4時間かかるところを30時間かけて)登り切れたことは「よかった」と思う。それだけだ。/ 洞窟の仲間は親子でも兄弟でもないが、それを超えて命を預け合える不思議な関係だ。昨日今日出会った人とは厳しい探検には行けない。こいつに石を落とされて死んでも諦められる・・・・それが仲間なのだ(「プロローグ 落石、骨折・・30時間の脱出行」)》。


素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)

素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)

  • 作者: 勝次, 吉田
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2017/10/05
  • メディア: 新書



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『探検家、40歳の事情』角幡 唯介著  文藝春秋 [エッセイ]


探検家、40歳の事情 (Sports graphic Number books)

探検家、40歳の事情 (Sports graphic Number books)

  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/10/21
  • メディア: 単行本


多くは、軽妙に語られていくが、いのちに関する重い記述も

著者は、本格的なノンフィクション作品ではできないことを本書で披瀝している。小市民的生活を記述できないことは、「けっこうストレス」なのだという。

「私の探検という非日常は日常があることによってはじめて支えられているのに、ベースとなる日常を切断して非日常だけを際立たせて、あたかも英雄的な行為として描いてみせても、それは片手落ちなのではないかという思いが常にあるからだ。そこで私はエッセイでこの日常の部分をチラチラとほのめかすことで、作品間のバランスをとっている。じつは私、こんなにイケナイ人間なのです、と(『あとがき』)」。

著者は、自分のイケナイ部分を本書に記す。たいへん正直である。すでに「時効」とはいえ、そこまで書いてイイの!というのもある。JRに聞かせたなら、さっそく対応策が講じられる内容だ。それで、赤字が解消するかどうかは知らないが・・・。多くは、軽妙に語られていくが、いのちに関する重い記述もある。

著者の行くところ、向かうところ、それはすぐに文化人類学的記述になる。イヌイットの生活、文化、極北の動物等について知ることができるのも本書の醍醐味だ。

書き下ろしは「忘れ物列伝」「生肉と黒いツァンパ」「原始人のニオイ」「人間とイヌ」「マラリア青春記」。あとは、既出掲載作品。

2016年12月13日にレビュー

漂流

漂流

  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/08/26
  • メディア: 単行本


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『完訳・エリア随筆 Ⅲ』チャールズ ラム著 南條竹則 訳 藤巻明 註訳 [エッセイ]


完訳・エリア随筆 3

完訳・エリア随筆 3

  • 作者: チャールズ ラム
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2016/03/29
  • メディア: 単行本


「彫心鏤骨の新訳」で、「エッセー文学の最高峰」を味わいつくそう

はじめて『エリア随筆』を読む。本書は、4分冊で発行される『随筆』の3冊目である。『序』をみると、副題がついていて「故人エリアの一友による」とある。まだ、後続の出版予定があるのに、著者が「故人」とされている。これは、変だぞ・・と思う。故人の友は「旧友が身罷ったことを嘆くべきか、喜ぶべきかわからない」などと記す。「彼はあの危険な文彩ー反語というものを愛用しすぎた。不分明な言葉の種を蒔き、明白率直な憎しみを刈り取った。-よく真面目な議論の腰を折って、軽い冗談を差し挟んだが、それはたぶん、わかる人が聞けば、あながち場違いな冗談ではなかったかもしれない」「大そうな人物のように扱われることが嫌いで、老齢のため、自分にそうした資格が与えられるのを警戒していた」「その挙措動作は年齢よりも遅れていた。あまりにも大人子供であった」「こうしたことは短所にちがいないが、それでも、彼の著作のあるものを解明する鍵なのである」と結ぶ。

「序文」に5ページ(1段組、40文字x16行)が費やされる。それに対し、「序文」の註釈は、8ページ(2段組で、1段23文字x23行)である。そこには、「著者と編集者が遊び心で共謀して、エリア死亡をめぐる楽屋騒動を起こして、雑誌(掲載誌「ロンドン雑誌」)の人気連載記事の書籍化に読者の注意を引きつけようとしていたのではないか」云々とあり、「福原(麟太郎)はこの時期にラムがもはやエリアの執筆に嫌気が差していたという否定的な側面をエリア抹殺の要因に挙げているが、この編集部総出の盛り上がり方を見ると、必ずしもそうではないことが分かる」とつづく。註釈そのものが、ひとつの読み物となっている。「彫心鏤骨の新訳」とあるが、なるほどと思う。実に、註釈、解説に全体の半分の紙面が用いられている。段組の関係でいえば、本文の倍ちかい註釈があることになる。そこからは、ラムの生きた時代背景、当時の出版事情やら作家たちの動向やらが見えて面白い。

本書は、時間をかけて、ゆっくり読むに値する。『解説』に「引用とテクストの共同体」という項がある。《注目に値するのは、引用によって「ラムが何を目当てにしているか捉えるのにわれわれは誰しも時間を要するが、その理解の遅れにこそ価値がある」とブランデンが遅読を勧めている点である。どういう類比を意図しているのか時間をかけてじっくり向き合うことで、引用の周りにあるラム自身のテクストに対する理解も深まるのだ》とある。その点で、膨大な量の註釈に頼るなら、「古今東西におけるエッセー文学の最高峰」「英国エッセイ文学の最高峰」「英国ユーモアの典型」、「天下無類の書物」(林達夫)を味わいつくすことができるにちがいない。

2016年9月9日にレビュー

エリアのエッセイ (平凡社ライブラリー)

エリアのエッセイ (平凡社ライブラリー)

  • 作者: チャールズ ラム
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1994/10
  • メディア: 新書



エリア随筆 (岩波文庫 赤 223-1)

エリア随筆 (岩波文庫 赤 223-1)

  • 作者: ラム
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1940/09/10
  • メディア: 文庫



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