『探検家、40歳の事情』角幡 唯介著 文藝春秋 [エッセイ]
探検家、40歳の事情 (Sports graphic Number books)
- 作者: 角幡 唯介
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/10/21
- メディア: 単行本
多くは、軽妙に語られていくが、いのちに関する重い記述も
著者は、本格的なノンフィクション作品ではできないことを本書で披瀝している。小市民的生活を記述できないことは、「けっこうストレス」なのだという。
「私の探検という非日常は日常があることによってはじめて支えられているのに、ベースとなる日常を切断して非日常だけを際立たせて、あたかも英雄的な行為として描いてみせても、それは片手落ちなのではないかという思いが常にあるからだ。そこで私はエッセイでこの日常の部分をチラチラとほのめかすことで、作品間のバランスをとっている。じつは私、こんなにイケナイ人間なのです、と(『あとがき』)」。
著者は、自分のイケナイ部分を本書に記す。たいへん正直である。すでに「時効」とはいえ、そこまで書いてイイの!というのもある。JRに聞かせたなら、さっそく対応策が講じられる内容だ。それで、赤字が解消するかどうかは知らないが・・・。多くは、軽妙に語られていくが、いのちに関する重い記述もある。
著者の行くところ、向かうところ、それはすぐに文化人類学的記述になる。イヌイットの生活、文化、極北の動物等について知ることができるのも本書の醍醐味だ。
書き下ろしは「忘れ物列伝」「生肉と黒いツァンパ」「原始人のニオイ」「人間とイヌ」「マラリア青春記」。あとは、既出掲載作品。
2016年12月13日にレビュー
『探検家、40歳の事情』角幡 唯介著
『人間とイヌ』から
人間の生活から遠くへだたった世界、人間の痕跡が感じられない場所、そこにあるのは氷と風と太陽と太陽がつくる影だけだ。私は一匹のイヌとともにそこにいる。私が死んだらイヌは死ぬ。イヌが死んだら私も死ぬ。そのとき私とイヌのあいだに引かれていたあらゆる区分や差異は消滅し、二つの生物種を規定する異なる概念に意味はなくなるだろう。そこにあるのは私とイヌがある種の契りをむすんでいること、ただそれだけだ。同時に五千年の時のながれも無化し、私とイヌは北極小石器文化の時代と何も変わらない場所にいることに気づくだろう。