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『記憶の海辺 ― 一つの同時代史』 池内紀著 青土社 [エッセイ]


記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

  • 作者: 池内紀
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/12/01
  • メディア: 単行本


繰りかえし読みたくなる滋味あふれる著作

「同時代史」という体裁を用いた半自叙伝。体裁をもちいたというと「テイサイがイイ」が、著者の「韜晦」的な性格を示しているのではないか。本書中、著者が好意を示している人物たちをみると、皆ほとんどが「中央」に鎮座ましますような人物ではなく、片隅に、あるいは「辺境」に居ることを愛するような人物たちだ。そして、それでいながら、普通のレベルを超えた教養の持ち主であり、しかも並外れた諷刺気質のために、同時代からはみでてしまうような人たちばかりだ。カール・クラウスしかり、ペーター・アルテンベルクしかり、小林太市郎しかり・・・。

だから、体裁どおりに受け取ってはいけない。著者は、自分の歩んできた人生とその時代(日本だけでなくヨーロッパも視野に入れて)を語りながら、実は、当代をするどく批判している。第一次世界大戦前・後のウィーンについて語りながら、その視野には今日の世界も入っているはずだ。「仮借のない文明批評家」であったカール・クラウスや「自伝を玉ねぎの皮むきにたとえて、沈黙の過去を素材に、現代メディア社会の皮むきをした」ギュンター・グラスも著者の念頭にはあるだろう。しかし、その矛先はうまく隠されている。

池内さんのことはNHK-FM『日曜喫茶室』の常連さんのお一人として認知した。今回、はじめてその著作にふれた。背伸びをすることなく、ひとりの人間として誠実に、自分の人生を大切にしてこられたご様子を本書から知ることができた。そうする中で、信頼できる関係がうまれる。友人たちは、氏に次の道を開いてくれたりもする。お説教はひと言もないが、自分の人生を大切にするよう促される。

ゲーテ、カフカ、カール・クラウスについての記述など、文学愛好家にとっては、目の覚める話にちがいない。(本書中、「生身の」マックス・ブロートを見、聴講した話、レニ・リーフェンシュタールをおぶった話、ギュンター・グラスとグラスをかたむけた話など興味深いエピソードが盛られているが)、先の三者についての記述は、文学観の変更をせまる内容もあり、それはまた、著者の創作裏話ともなっていて、それらもまた興味深い。

巻末にある、氏の日常も味わいがある。「当人の話」と「夫人の話」の双方から、氏の生活が浮き彫りになる。氏は平凡な日常のおわりに言う。「トシをとっても、三年先にどんなものをつくれるか、たとえかすかであれ、自分の可能性に賭けていなくては、生きている意味がないのです」。見かけは平凡でも、志しは高い・・・。

本書同様の繰りかえし読みたくなる滋味あふれる著作を期待したい。

2018年4月6日にレビュー

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる

  • 作者: 池内 紀
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2017/08/11
  • メディア: 単行本



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