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「博物館と文化財の危機 」人文書院 [人文・思想]


博物館と文化財の危機

博物館と文化財の危機

  • 出版社/メーカー: 人文書院
  • 発売日: 2020/02/18
  • メディア: 単行本


現場、学芸員、人文科学の置かれている状況が分かります

本書は2018年11月17日、京都大学人文科学研究所人文研アカデミー 2018「シンポジウム 博物館と文化財の危機 ー その商品化、観光化を考える」の成果をまとめたもの。

以下、評者のことばで全体をまとめると・・(だいぶ乱暴な表現になりますが・・)

博物館を人集めのパンダとするなという話が載せられている。文化財を保存、修復、展示して、後世に残す役割をもつ博物館を、人寄せとカネもうけの道具としようという政治的動きがある。文化財を活用して、地域おこしの道具としようという動きだ。それが文化財保護法の改正というカタチを取った。そのために学芸員の本来の仕事がないがしろにされ、文化財というモノの保存も危ういことになっている。また、世界遺産の名目で旧弊が蘇りつつある。文化財による日本起こし、観光化の名目で、神話、伝説でしかないモノが事実であるかのごとき取り扱いを受ける事態に立ち至った。見知らぬ動物に人が興味をもって集まるのは自然だが、白熊に黒い着色をほどこしてパンダとして売り出し人を集めるのはいかがなものかと訴えられている。

具体的には、世界遺産とされた「仁徳天皇陵古墳」をあげることができる。本文から引用してみる。〈大正期の津田左右吉が、古事記・日本書紀は、5~7世紀の政治思想を反映したものにすぎないと論証した。戦前期には津田の記紀批判が公論にならなかったものが、戦後の歴史学の改革の中で、アカデミズムや教育の場では通説になってきた。この佐藤信氏の発言は、戦後改革を経てきた戦後歴史学・考古学の営みを否定するものではないか?文化財の観光化や活用のためには、歴史学の実証の魂を売っても良いのか?「仁徳天皇」と王墓が結合する呼称は、天皇制が強大であり「万世一系」神話を創りだした。古代と近現代の天皇制による支配の物語である。ふたたび1940年の国定教科書のように、国民道徳のチャンピオンの仁徳天皇が「かまどの煙」を国見する歴史意識を、肯定するのか(図7)。しかも学者として、「仁徳天皇陵古墳」の名称を、自らの論文では使用することはない。(p183,184)〉

上記引用にある仁徳天皇が国見をする(図7)は、〈「尋常小学国史 上巻」文部省 1935年〉によるもので、それは本書・裏表紙にも図示されている。それは、アメリカとの戦争をしていたころ用いられていた教科書で、敗戦後、当時の子どもたちが墨でバッテン消去(いわゆる「墨塗り」)して否定させられたものだろう。解剖学者の養老孟司先生が繰り返し語る戦争体験である。そのようにしてまで一度否定したものを、根拠がナイと承知しながらも再び肯定する動きが現にある。博物館と文化財の商品化観光化志向は、人文科学の否定にもつながる危険大である証拠と言える。

博物館、学芸員、人文科学の置かれている現状の分かる本で、タイトル以上に得るものがあった。

2020年3月27日にレビュー

戦争とは何なのか? 焼け跡世代からのメッセージ~養老孟司
プレジデントFamily
https://president.jp/articles/-/15826

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