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「100年かけてやる仕事 ― 中世ラテン語の辞書を編む」小倉 孝保著 プレジデント社 [日本語・国語学]


100年かけてやる仕事 ― 中世ラテン語の辞書を編む

100年かけてやる仕事 ― 中世ラテン語の辞書を編む

  • 作者: 小倉 孝保
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 2019/03/13
  • メディア: 単行本


日本の現在と近未来を知り、自分の生き方を鑑みるうえで助けとなる

取り扱われている対象はイギリス中世の言語であり、ラテン語辞書を100年もかけて完成させた人々である。が、しかし、著者の思いの主要な対象は日本社会であり日本語である。『はじめに』に次のようにある。

「本書は中世ラテン語、歴史、辞書に携わる人々を描いたノンフィクションである。欧州におけるラテン語の重要性、ギリシャ・ローマ文明に欧州の人々が抱くあこがれに似た感覚を現代に生きる人々の言葉を通じて伝えている。だが、僕の興味はラテン語や辞書そのものにあったわけではない。中世ラテン語辞書プロジェクトは日本社会を映す鏡だと思った。その鏡を通して個人の生き方、働き方のヒント、企業や国の社会での役割を考えてきた。どんな生き方、働き方が人間を幸福にするのだろう。中世ラテン語辞書作成に携わった人々を訪ねた時間は、僕にとって生き方、働き方へのヒントを求める旅だった」。

全体は10章構成で、1章 羊皮紙とインク、2章 暗号解読器の部品、3章 コスト削減圧力との戦い、4章 ラテン語の重要性、5章 時代的背景、6章 学士院の威信をかけて、7章 偉人、奇人、狂人、8章 ケルト文献プロジェクト、9章 日本社会と辞書、10章 辞書の完成 となっているが、「9章 日本社会と辞書」に多く紙幅(92ページ)を割いている。

だからといって、中世ラテン語辞書作成の様子がイイカゲンに扱われてはいない。現場で働いた方々への丁寧なインタビューが重ねられ、示される。1913年に始まったラテン語辞書作成以前に成された「オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー(OED)」への言及もある。言語、辞書に関心ある方にとってたいへん興味深いものであるにちがいない。

「9章 日本社会と辞書」においても多くの取材がなされている。「日本語研究者で辞書の歴史について数々の本を書いている清泉女子大学文学部教授の今野真二」、『広辞苑」第5版から7版の改訂に携わった岩波書店の平木泰成、諸橋徹次著『大漢和辞典』修訂第二版の刊行に大修館書店・元編集第一部長として刊行販売に関わった森田六朗、同じく大修館書店で『明鏡国語辞典』の編集に携わった正木千恵、『ジーニアス英和辞典」第5版編集責任者五十嵐靖彦、『明鏡国語辞典』の発案者であり編者でもある元筑波大学学長北原保雄、移動にはもっぱら自転車を使い、携帯電話を携帯せず「カバンの中には分厚いアイヌ語辞典を入れている」詩人のアーサー・ビナード、「糸井重里の発案で始まった『ほぼ日の学校』の学校長として古典を学ぶ場と機会を提供している」河野通和、「漢文を学ばないことで日本語の伝統が途絶えることを危惧している」中国文学者の守屋洋、「日本の地方から世界まで時空間を縦横に飛び回り、情報について考えを巡らせてきた」編集の専門家松岡正剛。彼らから引き出した日本・語をめぐる話は興味深い。

日本の現在と近未来を知り、自分の生き方を鑑みるうえで助けとなる本である。

2019年5月27日にレビュー

Dictionary of Medieval Latin from British Sources (Medieval Latin Dictionary)

Dictionary of Medieval Latin from British Sources (Medieval Latin Dictionary)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr
  • 発売日: 2018/05/29
  • メディア: ハードカバー



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