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「評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才」村上篤直著 ミネルヴァ書房 [自伝・伝記]


評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才

評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才

  • 作者: 村上篤直
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2018/09/18
  • メディア: 単行本


この先、こんな人物でてくるだろうか・・・

「過激な天才」、小室直樹の過激さはどこから来ているか。その過剰なまでの学問へのパッションの秘密に迫る本だ。それは、どうも母親の期待の言葉から来ているようだ。母親はフロイトを学んでいたという。意図して、息子の深層心理に働きかけたのだろうか。当の本人も、それを信じる。大言壮語し、大風呂敷を広げ、一途に進む。しかし、大言壮語などと本人は思ってもいない。周囲の人々も、小室の大風呂敷に取り込まれる。いつのまにか、世話を焼いている。喜んで世話を焼くはめになる。

その思い込みの激しさはすさまじい。「豚もおだてりゃ木に登る」というが、小室直樹は、とどまるところなく学問の世界を登りつめる。ところが、登りつめた留学先アメリカで、行き詰まってしまう。学問の世界は、そこに住む住人は、割と料簡が狭いのだ。アメリカで追われ、日本でも片隅に追いやられ、「過激な天才」は料簡の狭い世界からはじき出される。そして、あいつの料簡はいけねえと小さん師匠から言われた立川談志と仲良くなるのは、ずっと後のことだ。

「過激な天才」は、アメリカで挫折を経験する。「自殺騒動」を起こす。その顛末が記される。しかし、それが、あったお蔭で、一般庶民は小室直樹の学問の成果を知ることができた。ソ連崩壊の予言など、一般書で読むことができた。賀とすべきではないか。本人も、挫折のお蔭で、「進んだ学問分野の成果をもって、遅れた学問分野を発展させ」「社会科学を統合する」ビジョンを得る。そうして、経済学一辺倒から救われたのだ。その方法を一言で言えば、「学問落差論」。

日本に戻って後の、貧乏生活。東大田無寮で午後11時以降、誰でも食べていい夕食の残りをガツガツ食べるので「ハイエナ」と揶揄されたことなどなど、大笑いする逸話も記される。アルバイトでカネを稼ぐより、時間を稼いで学問に打ち込んだのだ。原稿用紙1000枚の博士論文が成り、博士号を取得。そして、その副産物として「急性アノミー(acute anomie)」を得たこと。さらには、東大で開かれた小室ゼミの様子。ゼミ生との関わり方、ゼミ生のプロフィール。執筆に際してインスピレーションを得るための断食によって瀕死となったことなど記されていく。なんと、「その血中のイオン濃度は死んだ人間よりも低かった」のだ。

この先、こんな人物でてくるだろうか・・・。とにかく、空前絶後きわめつけの学者と学問、その方法論を知ることのできるきわめてオモシロイ本だ。

2019年2月26日にレビュー

評伝 小室直樹(下):現実はやがて私に追いつくであろう

評伝 小室直樹(下):現実はやがて私に追いつくであろう

  • 作者: 村上篤直
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2018/09/18
  • メディア: 単行本



天皇畏るべし 日本の夜明け、天皇は神であった

天皇畏るべし 日本の夜明け、天皇は神であった

  • 作者: 小室 直樹
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2016/04/30
  • メディア: 単行本


以下、「評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才」村上篤直著 ミネルヴァ書房 から抜粋
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(アメリカ渡航を前にして)小室には大きな心配ごとがあった。それは自分が渡米した後の日本のことである。/ 「恒蔵、オレの留守中、日本を頼む」/ 渡部は一瞬、冗談かと思った。しかし、まっすぐ自分を見つめる眼は真剣だった。 ・・略・・ 最後に、恩師・小林貞治宅にも寄り夕食を共にした。/ 「アメリカからソ連を回って帰るので10年間は先生に会えません。帰国する時は報道陣とのインタビューで先生と話す余裕がないから羽田へいらっしゃっても無駄です」/ 小林は聞きながら、「また、大言壮語が始まったか。まったく相変わらずだ。飛行機に乗ったこともないだろうに、偉そうなヤツだ」と呆れた。後略(p199、201)

小室が自分の内面の分析を森口に話したこともあった。/「母はフロイトを勉強していたんだ。フロイト研究会にも出入りしていた。その影響だろう。俺は、子どもの頃から母に『お前は偉くなる』「必ず偉くなる」と吹き込まれたんだ。暗示をかけられた。・・略・・俺の自慢ばかりしていた。人前でも「この子は必ず偉くなります』といっていた。オレは、動機付けされているんだ」

昭和37年に入ってからのことである。/ 森口は、偶然にも小室の内面をのぞきみることになる。/ 略 / それは小室の日記だった。・・略・・そこには、自分自身を暗示をかけるような文句が並んでいた。/ 「大学者になる」/ 「東大教授になる」/ 「迎えられて大政治家、首相になる」/ 「邪魔をした連中を強制収容所にぶち込む」/ 日記だとすると、普通は、反省の言葉などがあると思うのだが、小室は、願望を書き並べていたような、そんな印象だった。(p270,271)

(以下は、小室が餓死寸前で倒れて入院したとき、退院をまえに小室の部屋をゼミ生たちが片付けた。その時のこと)
他にも、長谷川らは小室の内心をのぞきみるようなものにぶつかった。/ それは、一冊の大学ノートであった。原稿の下書きかとめくってみると、クリーム色の大学ノートの頁に、小室の決意や思考が、ブルーブラックのペンで書き綴られていた。/ 最初の頁には、こんなことが書かれていた。/ 「アカデミックな業績を上げたあとで、社会的な影響力のある人物として論壇に迎えられる」/ 学問的な仕事を成し遂げた後に、というステップを経て、時代の寵児として日本の論壇に迎えられるという夢である。/ 他の頁には小室の思索の跡が残されていた。また、その中に、かつて小室が求婚したが果たせなかった相手への連綿とした想いも書き連ねていた頁があった。/ 「彼女は、いま、かりそめに結婚しているが、本来は自分と結婚したかったのである。いずれ、自分と結ばれるのである」/ 長谷川は、それを読み、「小室先生って可愛い人なんだなぁ・・・」と思った。(p575,576)

「どうしてそんなに歴史に詳しいんだ」と森口が聞いた。/ 小室は、英雄物語が大好きであること、子どもの頃から『ブルターク英雄伝』、『十八史略』、『史記』をくり返し読んでいたこと、特に好きだったのは、ディズレーリの伝記だったことを話した。実際、小室はベッドの上段で、何度もディズレーリ(ヴィクトリア女王お気に入りの首相)の話をした。・・略・・あるとき、ディズレーリが議会で演説をした際、騒乱状態になり、野次り倒された。/ 彼は、降壇するときに、眉をあげてこういった。/ 「The time will come when you will hear me」(諸君が私の意見に耳を傾けるときがいつか来るでしょう)/ 小室は、感情を込めて英語で再現した。/ まるで自分がディズレーリになったような気になっていた。/ 二段ベッドの上で、英雄たちの世界に自分が入り込んだかのように感じ、話し始めると興奮して、終わらなくなった。/ そのうち森口は、下段でウトウトはじめる。/ 気がつくと、下がやけに静かだ。ちっとも茶々を入れてこないのである。/ 「森口、起きてるか?」/ 「・・・」/ 小室は、起き上がって下を覗き込んだ。森口はスヤスヤと寝息を立てて、眠っていたのだった。(p236,237)

サムエルソンが物理学の成果で経済学を発展させたように、小室は、進んだ経済学と心理学によって社会学、政治学を完成させ、社会科学を統合するというビジョンを得た。/ そこで、小室はミシガン大学で、心理学、社会学、政治学の講義やセミナーに足繁く通ったのである。(p263)

サムエルソンから学んだ学問発展の方法論“学問落差論”の実践が始まるのである。/ 経済学で体得した理論的成果を、他の後進社会科学に適用して、一気に後進科学を発展させる。その後進分野が、たとえば政治学、社会学であった。/ 幸いなことに、アメリカ留学中に永井陽之助と知遇を得ることができた。/ 永井は「政治学に関心があるなら、東大はどうか。丸山さんに紹介状書くよ」とまでいってくれた。/ よし決まった。オレは東大政治学の大学院、法研に入るぞ。/ 小室は、本郷キャンパスに近い、文京区西片町に下宿を借りた。/ こうして東大での研究生活が始まったのである。(p279)

「ところで、小室さんって何がご専門なんですか?」/ 「うん・・・。その質問が一番、困るね。編集会議の席でも、『芸術関係以外みな専門』といったら、副編集長に『曽我部君、真面目に答えろ』と注意された。しかし、彼ほど学問領域が広く、そのバックグラウンドもしっかりしている学者なんて、日本にはそうザラにはいないよ」/ 「へぇ。“天才”なんですね」と、婦人記者がいった。/ 「まあ、何とかと天才は紙一重というけれど、東大でも異色中の異色という評判みたいだよ。本人はノーベル賞級の研究を目指していると公言しているようだ」/ 三人は、再び後寮二階、一番奥の部屋の前に立った。/ 小室はいた。座って一心不乱に、執筆中である。/ 「こんにちは。小室先生ですか」/ 小室は座ったまま、ちょっと振り返って「どうぞ」とだけいった。/ 机にしているのは、表面がささくれ立ったミカン箱だった。(p374)
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