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「作家との遭遇 全作家論」 沢木耕太郎著 新潮社 [文学・評論]


作家との遭遇 全作家論

作家との遭遇 全作家論

  • 作者: 沢木耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/30
  • メディア: 単行本


著者自身を一番よく知ることのできる本かもしれない

著者はタイトルを〈最後まで『作家との遭遇』にしようか『境界線上の作家たち』にしようか迷っていた〉と書いている。23名を論じているが、〈なぜ彼らだったのか。それもまた一種の偶然だったが、ただ、彼らの多くは、私と似て、どこか「境界線上」に身を置いている作家であったような気がする〉からだという。

実際、取り上げられている「作家」の中には、明らかに境界をまたいでいる写真家の土門拳や女優の高峰秀子もいるし、また、ヴェトナム戦争を(以下、本書からながなが抜粋するが)〈まずそれを「記事」というかたちで新聞に書いた。さらに、それよりもう少し掘り下げたかたちで「ルポ」を書いた。戦争が終わり人々がヴェトナムを忘れようとしている時に、新しい現実を踏まえながら「評論」を書いた。また、その対象への角度と語り口の硬度を変えて「エッセイ」というかたちにもした。それはやがて、「創作」というかたちでの文章にまで到ることになったのだ。ひとつの体験をこのように多様なスタイルの文章にした物書きは滅多にいない。少なくとも、ヴェトナム戦争に関しては、このような日本人は皆無だった。〉と著者のいう近藤紘一も入る。

著者は23名と、文字通り「遭遇」しもするが、多くの場合、文庫の解説を依頼されて卒業論文に挑むような気持ちでその作品を読み「遭遇」した面々であるという。著者自身、フィクションとノンフィクションを行き来する方だけに、そのような「境界線上」の方々への共感が伝わってくる。

思うに、壇一雄が「小説 太宰治」を書いて、つまるところ自分自身について記したように、本書をとおして一番よく知ることのできるのは著者自身についてかもしれない。そして、数々の「文庫」解説をとおして知ることのできるのは、著者が文章巧者であるだけでなく読み巧者でもあるということだ。

(「目次」は以下のとおり) 必死の詐欺師 井上ひさし、青春の救済 山本周五郎、虚構という鏡 田辺聖子、記憶を読む職人 向田邦子、歴史からの救出者 塩野七生、一点を求めるために 山口瞳、無頼の背中 色川武大、事実と虚構の逆説 吉村昭、彼の視線 近藤紘一、運命の受容と反抗 柴田錬三郎、正しき人の 阿部昭、旅の混沌 金子光晴、絶対の肯定性 土門拳、獅子のごとく 高峰秀子、ささやかな記憶から 吉行淳之介、天才との出会いと別れ 檀一雄、虚空への投擲 小林秀雄、乱調と諧調と 瀬戸内寂聴、彼らの幻術 山田風太郎、スポーツライターの夢 ロスワイラー、苦い報酬 T・カポーティ、旅するゲルダ ゲルダ・タロー、アルベール・カミュの世界 A・カミュ 作家との遭遇ーーあとがき。

2019年2月13日にレビュー

以下、「あとがき」からの抜粋

フリーランスのライターとなった私が、作家と「遭遇」する場は「酒場」以外にもうひとつあった。「文庫」の解説を書くという機会を与えられるようになったのだ。 / 通常、文庫の解説には、その作家との交遊のちょっとした思い出話や、さらっとした印象記のようなものが求められているということはわかっていた。しかし、私はそれをひとりの作家について学ぶためのチャンスと見なした。具体的には、あらためて全作品を読み直し、自分なりの「論」を立ててみようと思ったのだ。そのため、執筆する原稿の枚数も、通常の解説の域を超えた。四百字詰めで十数枚というのが依頼されるときの平均的な枚数だったが、私は二十枚から三十枚、中には四十枚近くまで書かせてもらったこともあった。 / それを書き上げることには、毎回毎回、カミュについての卒論を書いていたときと同じような昂揚感があった。もしかしたら、そうした解説を書くことで、常に私は「遭遇」した作家についての短い「卒論」を書いていたのかもしれない。 / かつて『路上の視野』や『象が空に』に収載したものを含め、新たに編み直したこの二十三編は、私がさまざまな分野の作品について正面から書いていこうとした文章の、ほとんどすべてである。なぜ彼らだったのか。それもまた一種の偶然だったが、ただ、彼らの多くは、私と似て、どこか「境界線上」に身を置いている作家であったような気がする。この本のタイトルを、最後まで『作家との遭遇』にしようか『境界線上の作家たち』にしようか迷っていたのも、それが理由だった。


小説 太宰治 (岩波現代文庫)

小説 太宰治 (岩波現代文庫)

  • 作者: 檀 一雄
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/02/16
  • メディア: 文庫



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