『神を描いた男・田中一村 (中公文庫)』 小林 照幸著 [アート]
「新たな視点から一村像を考えたい」
奄美大島に渡って独自の日本画の境地を創造した田中一村の評伝。一村の晩年を主に描いている。一村の芸術家としての人生と人格を描くとともに、一村を受け入れた土地にまつわる風習が記される。一村の借りた家の周囲は、いわば神域で、ノロと呼ばれる女性による祭祀がなされる場所であった。
『あとがき』で著者は次のように述べる。〈新たな視点から一村像を考えたい。神高い空間に16年も住み、奄美の自然と一体となって創作に取り組んだ一村の心に迫ろう。一村にとってみれば、奄美での時間は自然を友とした贅沢なときだったのだ〉。著者はそれまで「孤高」「異端」「不遇」な芸術家と見做されてきた一村を、新たな温かいまなざしで捉える。
山に入りこんで「何かがいるッ!」体験をした一村は、老婆から「今度からはどこの山に入るときでも、神山と考えてトウトガナシと口ずさんで入りんさい」と勧められる。「トウトガナシ」とは尊いの意に最高の敬語を付したもの。そのような、土地の人々の自然を尊び祈るような思いが田中の絵にも宿るようになる。神山に毎日上り、その鬱蒼とした暗い森から眺めた明るい海・景観、そこで出会った動物たちが絵画として結実していく。日本の画壇で十分認知されるだけの力量がありながら、あえてそこから逸脱した芸術家の葛藤も記される。
本書を読んで、その作品を観たくなった。今年は、生誕110年だそうである。回顧展も開かれている。震撼するような作品かどうか、目の当たりにしたいものだ。
2018年9月8日にレビュー
佐川美術館
http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/plan/2018/02/110.html