『ことばと遊び、言葉を学ぶ』 柳瀬尚紀著 河出書房新社 [日本語・国語学]
「ことばと遊び、言葉を学ぶ」ことへの招待
「日本語・英語・中学校特別授業」の副題がついている。子どもたち相手に語ったことが記されている。柳瀬さんの話しぶりが復元されて、懐かしい感じがする。内容としては、タイトルどおり、「ことばと遊び、言葉を学ぶ」ことが示されていく。
「ことばと遊び、言葉を学ぶ」とは、言い換えるなら、言葉にまみれることであり、凝りに凝ることと言っていいだろう。柳瀬さんが、翻訳家としてことばにまみれ・言葉に懲りだした縁起については、次のようにある。「ルイス・キャロルの翻訳を行うようになってからは、原典の英語で使われている修辞の多様さ、これだけ面白いのだから、それと等価であるような訳文を作りたい、という気持ちが生まれたのです(p205)」、と。そうか、それがジョイスに繋がって行くのか、と納得する。
訳語として応答する日本語については、次のように語られる。「日本語は、ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字・ルビなど、さまざまな表現方法を備えています。それに、多量の意味を持ち、表現の幅を大きく広げてくれる同音異義語・同訓異字なども多くあります。そのような日本語に触れてきた経験から、私は、翻訳というものについて、翻訳者の個性というよりは、翻訳の言葉が日本語のほうから降ってきてくれるものだと考えるようになりました。翻訳をするときには、私は、日本語を通訳しているだけなのです。(p211)」。
まるで、預言者が天からくる神の言葉を待っているかの例えである。ジョイスの著作『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳を成し遂げるというカミ業が可能となったのは、柳瀬さんの日本語への信頼が土台にある。そして、その土台を支えたのが辞書への執着である。そのようにして、天からのインスピレーションに応答する言葉が備えあったことがカミ技の理由であろう。
本書には、氏の辞書との付き合いぶりが、示されてもいる。オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー(OED)、『諸橋大漢和辞典』、『熟語本位 英和中辞典』、『新明解国語辞典』の話など、その利用の仕方もふくめて語られる。「ことばと遊び、言葉を学ぶ」ことへ招待する本としてお勧めである。
2018年6月30日にレビュー