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『ペンの力』 浅田次郎×吉岡忍 対談 集英社新書 [マスメディア]


ペンの力 (集英社新書)

ペンの力 (集英社新書)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2018/01/17
  • メディア: 新書


「三島(由紀夫)の落とし子のような(p43)」会長・元会長による「言論・表現の自由」をめぐる対話

日本ペンクラブは、ロンドンに本部を置く国際ペン(International P・E・N)の日本センター、いわば支部。その現会長(吉岡忍)と前会長 (浅田次郎)の言論・表現の自由をめぐる対談本。

国際ペン(International P・E・N)は、第一次世界大戦後の1921(大正10)年〈敵味方で戦ったヨーロッパの小説家や詩人たちが一堂に会したとき、何だ、どっちの国、どっちの陣営でも、いざ戦争となったら自由にものが言えない、書けない状況だったのか、その結果が、この無残な荒廃か、と気がついたところから始まります。そして、「戦争のとき、まず犠牲になるのは真実だ。とにかく言論・表現の自由を守ろう」といって始まった。(p152、吉岡)〉

対談は、自衛隊市谷駐屯地で割腹自殺を遂げた三島由紀夫事件をもって始まる。ふたりは、それぞれ後に、自衛隊・入隊の経験がある。〈吉岡:三島由紀夫は1970年の事件のとき、クーデターを呼びかけて、その場の自衛隊員からさんざん野次を浴びせられたけど、いまはどうなんだろう。日報は隠される、文民統制は曖昧、大臣答弁はごまかし、という現在は、現場のフラストレーションも溜まっているんじゃないですか。それがクーデターの導火線にならないとも限らない、と僕は感じるんですけど。 浅田:いまは危ないよ。よっぽど、いまのほうが危ない。僕は、ずっと防衛大臣が、あの人(稲田朋美前防衛相)だったということが信じられなかった。指揮能力があるとは思えないから。 / で、僕らがそう感じ、一般国民の多くもやはりそう感じていたことについて、一番ストレスを抱えていたのは、たぶん、現職の自衛官でしょう。そして、・・・(p54)〉。また、〈浅田:・・・。安倍晋三首相が、この間の安保法制の論議で在留邦人の保護と言ったときに、どこかで聞いた言葉だなと思ったんだ。その昔は居留民保護と言った。 吉岡:そう、そう。 浅田:昔からね。上海事変の出兵だって、居留民保護って、最初に言った。あれは、理由として、言っちゃいけないと思う。もちろんわかるよ。でも、居留民保護というのは、きわめて容易に出兵の理由となる(p119)〉といった、昨今の政治状況を反映した対話がなされる。

小林秀雄が盧溝橋事件が起きたあとに書いた『戦争について』というエッセイ。そこに示された「日本に生まれた以上、この戦争は試練だ、運命として引き受けよう」という内容をめぐって、〈吉岡:うーん、これは厄介ですよ。暴支膺懲っていう大陸浪人風の言辞とは違って、もっと情緒的というか、日本の歴史をひっくるめて、心情的に包み込んでしまうようなところがあるでしょう。乱暴なところは全然なくて、何か花鳥風月を愛でるような運命論ですよ。啖呵を切るような歯切れのよさもあってね。この小林秀雄の論は、インテリには相当受けたと思う。・・・もう始まってしまった戦争なんだ、とやかく言ってもしようがない、「これは運命だ」と。「われわれは国民として、この運命を引き受けて生きよう」って。こういうニュアンスのものを読むと、いつも僕は違和感を感じるんですね。 / 僕は、国家と自分を一体化しない。政府と自分とは意見が違っていいし、権力や国家から自分をどう切り離すかということは、近代人としての最低限の倫理だと思うんだけれど、これを運命という一語でくっつけ、二つを一つにされてしますと、それは違うでしょう、と言いたくなる。 / あれだけのインテリの小林秀雄がいきなり論理をなくして、こういうことを言い始めているのをみると、ちょっと愕然としたな。(p125,6)〉というような、戦時下における言論の状況を回顧する対話もある。関連して、石川達三の『生きてゐ兵隊』の内容をめぐる自衛隊演習経験に基づく分析や従軍「ペン部隊」のカネの話も興味深い。

政治家の弁論についての文脈では〈浅田:言葉の力っていうのは、全体的に弱くなっているんじゃないかな。これも日本ペンクラブが指摘しなければいけないことかもしれないんだけれども、何かこう決められた言葉を、決められたようにしか言えなくなって、語彙が貧困になって、表現力が貧困になっている感じっていうのは、すごくあります。(p92)〉。また、権力についての論議では、〈吉岡:気をつけなくてはいけないのは、彼らはいつも現状打破、改革者の顔をして成り上がってくる、ということなんです。ヒトラーですら、第一次世界大戦で打ちのめされたドイツ人の前に、「貧困を救え」「若者よ、社会に参加しろ」「自然を守れ」と叫び、熱狂をあおってきたんですからね。 / それにあおられちゃいけない。熱狂に巻き込まれない。そういうことを考えなくちゃいけないんじゃないか、と僕は思っているんです(p221)〉。

全般に、言論・表現を担った文学そのものについてというより、それを統制し圧力をかけた権力や社会、そして民衆について語る内容である。日本ペンクラブの倶楽部時代からの歴史も示されている。

2018年4月17日にレビュー

河合・大江・谷川が「日本語」について語る
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2014-03-20

利いた風な口を利くのが嫌いで『本当にそう思うの?』と、常に『肉声』を求めていました」〉
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-09-02


コレクション戦争×文学 全20巻+別巻1 (11巻~20巻+別巻1セット)

コレクション戦争×文学 全20巻+別巻1 (11巻~20巻+別巻1セット)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/10/04
  • メディア: 単行本


吉岡:僕もね、そこに『綿の木の嘘』という、ベトナム戦争とイラク戦争を重ねたような短編小説を書いた。『コレクション 戦争×文学』のベトナム戦争の巻に再録されていますけど、個人的なことを言うと、戦争とテロや爆撃の跡ばかり見てまわった一年間、僕のなかでフィクションがもどってきた、という感じがあったんだな。

現実や世界と相渉る小説というものがある、という手応えかな。小説でないと、目の前の現実の深いところが描けない、というか。だってね、足もとに遺体が横たわって、血が流れている側で、恋人同士が抱き合っていたり、昨日まで隣同士仲良く暮らしてきたのに、今日はその隣人の死体から猛烈な異臭が漂ってきても、激しい憎しみのあまり、嗅覚が全然働かないとか。

こんなの、いくら外側から描写したって、何も伝わらない。現象は描けても、なぜ人間がそんなに簡単に変わってしまうのか、そこまでたどり着けない。一人ひとりを動かしている歴史もそうですね。もっと内側に入り込んで、内面の語りとして書いていかないと、その意味もわからない。語りと描写の違いですね。ノンフィクションの書き手としては、これ、けっこうな驚きだったですね。(p194、5)
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