『数学史のすすめ 原典味読の愉しみ』 高瀬正仁著 日本評論社 [数学]
わくわくするほど面白いエッセイ。また難しいといえばたいへん難しい数学の本
わくわくするほど面白いエッセイ。また難しいといえばたいへん難しい数学の本である。
著者は、みずからの「数学史」「原典味読」の動機、はじめについて記す。それは、岡潔の随筆との出会いであった。著者は「数学とは何か」という疑問を抱いていた。懸案であった。そこで岡が「著者懸案の疑問に正面から」「同じ問いを立て、みずから答えている」ことを知る。そのような「数学者を発見したこと」を嬉しく思う。
それから著者は岡の数学論文集に向かう。そこには「三つの未解決問題」をことごとく解決したのが岡先生ということになってい」たが、(それはそれでまちがっているわけではないが)、「岡先生には独自の目標があり、・・その究極の目的地をめざして歩みを進めたものの、ついに到達することができ」なかったこと、「その間の消息が率直に語られてい」た。つまり著者は「岡先生の多変数関数論研究は未完だった」という衝撃的事実に直面する。著者は次のように記している。「岡先生の論文集に沈潜した結果、不思議なことに岡先生以降の多変数関数論の変遷状況を追っていこうとする気持ちが消失し、かえって岡先生の研究の出発点までさかのぼり、そこから川の流れに沿って名所旧跡の観察を楽しみながらおのずと岡先生の論文集に及ぶといふうにしたいというのが、当初の望みでした。それが古典研究の動機です」。
その「岡先生の研究の出発点までさかのぼる」作業が本書に詳述されている。たいへんスリリングな旅である。評者は、「多変数関数論」など記されている数学用語をほとんど知らない。知らないが、ついていける。丁度、世界的クライマーの山行記録を読んでいる気分なのである。エベレストに単独登攀無酸素ではじめて登った人間の記録はわくわくさせるものがある。それとたいへん似ていると思う。登山の本には、キレット、コル、ゴルジュ、トラバースなどはじめて読む者にはわからない用語が多々でてくるが、当初わからないもののわらかないなりに読み進めることができる。本書もそのような感覚で読み進めることができる。
「はじめに」で著者は錚々たる数学者名を挙げて「みんなすばらしい。どのひとりを見ても高峰というほかにたとえるすべがないほどで、高峰と高峰が連携して数学という不思議な学問の山脈を形作っています」と書く。著者の研究の成果をとおして、世界最高峰に立って遠い山並みを見渡す感動を覚える。「高峰」が呼ぶ声を聞くことができる。残念ながら評者にその力はないが、著者が教示している「高峰」たちのその数学の中身そのものを理解できたなら、その感動はいかばかりだろうと思う。
2018年3月19日にレビュー