『マイルス・デイヴィスの真実 (講談社+α文庫)』小川 隆夫著 [音楽]
「それなら誰にも書けない本を書けよ」
本書は、マイルス・デイビスをフィーチャーしたモダンジャズの歴史書といっていいだろう。とてつもないビッグネームが、これでもかというほど多数登場して、当時の状況を語る。それは、時代であり、文化であり、レコーディング時の模様であり、マイルスの私生活であり、彼の精神状態であり、もろもろである。おおくのインタビューの積み重ねの上に、本書は成っている。しかも、そのビッグネームは、マイルス本人であり、彼をとりまくジャズシーンを輝かせてきた人たちだ。小川さんは、なんと幸せな人だろうとうらやましく思う。
その内容は、マイルスが切り拓いていった音楽の軌跡を、過去の事績としてだけでなく、波を裂いていくその先端でのあり様として示していく。そして、その記述の根っこにあるのは、マイルスへの深い敬愛の念だ。そのあふれるような思いも伝わってくる。マイルスが眠っているウッドローン墓地での記述にはこうある。
《マイルスの音楽は、ぼくの青春そのものだった。 / なにもわからぬまま、彼のライブを観たのが中学2年のときだ。高校2年でその音楽にのめり込み、『マイルス・スマイルズ』からリアル・タイムで聴いてきた。もっとも多感な時代に出会ったマイルスから、ぼくはさまざまに触発をされた。どんなときでも前を見つめて歩いている姿に、影響を受けたのだ。 / そのマイルスが、ここに眠っている。// 「ようやくあなたの本が出せることになりました」 (中略) 「なんていわれるか心配だけれど、次は本が出版されたら来ますね」 / 心の中でそう呟いてから、ゆっくり帰路についた。去り難い気持ちだが、今度はいつでも来ることができる。 / 「妙なことを書いていたら、訴えてやるからな」 / ニヤリと笑って、マイルスがそういっている姿が心に浮かんだ。とても満たされた、幸せな昼下がりだった(「第14章 マイルスは永遠なり」)》。
本を書くにあたって、小川さんはマイルスからハッパをかけられていた。《「それなら誰にも書けない本を書けよ。なにしろ、ずいぶん間違って伝えられているからな、それと本ができたら、30冊、いや50冊、寄越せ。みんなに配らなくちゃいけないからな。サインも忘れるな」(「序章 はじめに」)》。
本書は「誰にも書けない本」に仕上がっているのではないだろうか。仕上がっているように思う。マイルスに、サインをして、贈れなかったののが残念だ。
2017年2月10日にレビュー
Perfect Miles Davis Collection (20 Albums)
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Sony Import
- 発売日: 2011/09/30
- メディア: CD