J.R.R.トールキン:世紀の作家(トム・シッピー著 沼田香穂里翻訳) [文学・評論]
もっと注目されてしかるべき本
「ホビットの冒険」「指輪物語」の著者トールキンの評伝であり、また、その創作の秘密にせまる本です。なんと、原著の発行は2001年ということで、日本語翻訳刊行までに10有余年が経過しています。言語学者でもあったトールキンの古英語や中英語、ウェールズ語や北欧の諸言語にわたる博識を背景としたファンタジー作品に迫る原著を翻訳するためには、翻訳者にもソレ相応の苦役が求められ翻訳作業が難航したということでしょうか。もっと早くに出版されてしかるべきであったように思いもします。が、しかし、遅きに失したかに思える今こそ、まさに読まれるべき時なのかもしれません。なぜなら、今日、イギリス文学を代表する作家のひとりでもあるカズオ・イシグロの最新刊「忘れられた巨人」も、いわばトールキンが開拓(再創造)したといってもいい「ファンタジー」作品に類するものではないでしょうか・・。
カズオ・イシグロ新作「忘れられた巨人」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-05-13
ブリタニカ百科事典(1995年版)の「イギリス文学」の項、「20世紀小説」の最後は〈トールキン、C・S・ルイス〉で締めくくられています。そこで小池滋氏は「・・子供だけではなく、大人が純粋の文学作品として受取り、熱狂して読んだ。架空の国を舞台にした完全なファンタジーであるが、リアリズムと自称する大人向きの小説以上に、現代の世界と人間の姿を正確に写し出し、モラルを説く思想書以上に人間の生き方への指針を与えてくれたからである」と記しています。
文学的リアリティについて
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-12-03
イギリスの読者投票で、常に高位置(ほとんど首位)をしめ、発行部数でもほかに(聖書を除いて)敵するもののない著作をモノした作家トールキンは、まさに「世紀の作家」といえます。批評家たちのなかには、軽んじけなす者もいるようですが、現実に多くの読者を引き寄せてきたという事実は、トールキンの最大の味方となっています。
ベストセラー本の一覧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
その魅力の根源にあるのは、「文献学」です。「訳者あとがき」で沼田香穂里氏は、次のように記しています。「(原著者は)文献学こそ、作家としてのトールキンをトールキンたらしめていた決定的な要素であると論じています。まるで推理小説の謎解きをするかのように次々にトールキン作品の材源を特定し解説していく部分は、本書の醍醐味です。読者の中には、これだけの知識があって初めて創造できる奥深い作品世界であったのか、だからあれほど惹きつけられたのかと納得された方も多いでしょう。しかし著者によると、トールキンが古代の文学にヒントを求めたのには、作品を書くための単なる材料探し以上の意図がありました。・・」と記しています。
文献学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%8C%AE%E5%AD%A6
当該書籍に見られる言語をめぐる歴史的推移(OEDからの引用など登場します)、地域に由来する語彙の変遷、語彙のひきずる文化の諸相についての論議は、諸言語に興味をもち英語を多少なりともカジル者として、たいへんオモシロイものでした。ただ、思うに、トールキンの作品「ホビットの冒険」「指輪物語」「「シルマリルの物語」ソノモノを読んでいない方にとって、それらを取り扱う章を読み進めるのはたいへん難儀難航するかもしれません。当方も「ホビットの冒険」は既読でしたので、その部分は問題ありませんでしたが、それ以外の部分を読み進めるのは、取りやめにしました。それでも、「指輪」「シルマリル」の世界での〈言語をめぐる冒険〉を愉しむためにも、それらソノモノをまず先に読まねば・・という気持ちでいるところです。
2015年6月2日レビュー
J.R.R. Tolkien: Author of the Century
- 作者: Tom Shippey
- 出版社/メーカー: Mariner Books
- 発売日: 2002/09/08
- メディア: ペーパーバック
文献学
ぶんけんがく
philology
ある民族の残したあらゆる種類の文献を研究し,その民族の,特に古い時代の文化を知ろうとする学問。そのためには,言語学,考古学,歴史学,民族学,書誌学など,多くの関連諸学の助けが必要であり,さらに文献の種類からいっても,文学,宗教,哲学,法律,歴史をはじめとする多方面の莫大な知識を必要とする。 (ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)