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「世界を変えた150の哲学の本」夏井幸子訳 創元社 [哲学]


世界を変えた150の哲学の本

世界を変えた150の哲学の本

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2022/03/01
  • メディア: 単行本



帯に「傑出した思索は時に一夜で革命を起こす」とある。「時に」とあるし、実際に革命と直結した著作もないわけではないので、全くのウソとは言えないが、著者たちの意図や本書全体の印象からいくと、半分ウソである。そのような華々しい印象はない。また、原著には「世界を変えた」も「150」もタイトルに含まれていない。原題は"THE PHILOSOPHER'S LIBRARY"とあるだけである。評者は日本語版タイトルから、人類史を遡って150の哲学書が立項され、それら個々について興味深い解説や今日に及ぶ影響について詳述されるものかと予想したが、全然そうではない。

しかし、ある意味、そうではないところが本書の魅力といえる。本書は、傑出した個人の思索を時代や歴史や社会やコミュニティーに還元してしまおうという意図に基づく本である。個人による著作としてたいへん有難がられてきた思想書・哲学書から著者の栄光を剥奪するような本である。「なんだ、そういう影響(繋がり)の下で書かれたのか」「時代精神を反映したにすぎないということか」「結局のところ、御用学者だったということか」という感想を抱かせる記述が多々ある。そのような視点で権威あるとされる著作を見ることができるよう助けられるのが、本書のイイ点である。

また、差別・偏見を正そうとする記述も多い。特に、女性へのそれに対する記述が多く取り上げられる。女性思想家への言及も多い。オードリー・ロード、班昭、アン・コンウェイ、(ボヘミア王女)エリーザベト、マーガレット・キャヴェンディッシュ、アンヌ・ダシエ、メアリ・ウルストンクラフト、エカチェリーナ2世、ハリエット・テイラー、アンナ・ジュリア・クーパー、メアリー・ミッジリー、エリザベス・アンスコム、ハンナ・アーレント、シモーヌ・ヴェイユ、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アイン・ランド(アリーサ・ジノヴィエヴナ・ローゼンバウム)、アンジェラ・デイヴィス、ロッシ・ブライドッチ、ラナ・フォローハル、ショシャナ・ズボフ、サラ・アメード、サラ・ベイクウェルといった人々である。

洋の東西を問わず南米、アフリカ、中東からも思想書が拾われている。日本の著作も少なくない。時間的には2000年以降も範疇に入る。日本語版タイトルに「150」と記した以上、原著にはないブックリストを用意すべきである。しかし、興味深いことに本書によると、推薦のためのブックリストは、「焚書」と同様、ある意味それ以上の巧みな思想統制・工作の手段ともなってきたというので、その点が考慮されてのことかもしれない。巻末に、索引が用意されてあるので、善しとしたい。

原著は昨年2021年発行。図版・写真が多く、翻訳もたいへん読みやすい。中江藤樹の「孝」についての記述を「考」とするなど、誤植がいくつかある。


100の傑作で読む新約聖書ものがたり: 名画と彫刻でたどる

100の傑作で読む新約聖書ものがたり: 名画と彫刻でたどる

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2017/11/21
  • メディア: 単行本


以下、「はじめに」(p10,11)から少し引用してみる。

前略

思想家にして活動家・詩人のオードリー・ロードの「新しい思想など存在しない」という信念は、哲学をめぐるこの本の冒頭に掲げるのにふさわしいだろう。大学で哲学を教えるクリスティ・ドットソンが語るように、新しさとオリジナリティにこだわるのは見当違いであり、そこにこだわったがゆえにーー古代空間が植民地化と搾取行為で塗りつぶされた元凶であるーー「新世界」の「新」と政治的な結びつきが生まれた。本書の目的は、哲学の自然発生的な目新しさを追求することではなく、その変遷と再構成の歴史に注目することだ。たとえば、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」は、ペルシャ人哲学者イブン・スィーナーの言葉(と、それよりもっと古い時代の書物に書かれた言葉)の改作だが、デカルトはこの命題を提唱したおかげで、当時の主流だったアリストテレス主義のスコラ哲学者と一線を画す存在となった。『Babylonian Kohelet(バビロニアのコヘレト)に遡る概念を再提示したライプニッツの神義論は、神が想像(ママ:創造の誤植?)したこの世界を「最善の世界」ととらえて部分的な悪を容認した。彼が神聖ローマ帝国の諸侯の家系であるハノーファー家に仕えていたことを考えれば、この見解は大きな注目に値する。

本書では、こうした事実を踏まえ、思想は非凡な個人の頭脳から生まれて完成し、広まっていったという考えに異議を唱えたいと思う。孤高の「天才」から未知の思想が誕生するというシナリオは、物語としてはおもしろいが、歴史に照らせば論議を呼ぶだろう。個人が同時代・旧時代の人々や協力者、反対の思想を持つ人間たちの影響を受けながら、自分の思想を確立させたことを示す証拠の方が多いからだ。本書が目指すのは、思想家を各個人の広い文脈と切り離して抽象的にとらえるのではなく、彼らが属していた豊かな知的コミュニティとその相互作用にスポットを当てることだ。口頭伝承とは違い、学者個人へのえこひいきはその作品へのえこひいきにもつながるーー本書ではその点に注意しながら、逐語調・文語調を問わず、さまざまな論議を提示しよう。

後略


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