『ぼくはただ、物語を書きたかった。』ラフィク・シャミ著 ・松永美穂訳 西村書店 [エッセイ]
薄く小さな本だが、重量感がある。この重量感は、著者の背負ったモノからくる。著者ラフィク・シャミは、アラビア語圏の出自である。亡命せざるを得なくなってドイツに赴き、ドイツ語で小説等の作品をモノすようになった。それから50年、いまだ愛する故国の土を踏むことができないでいる。
本書を一貫通底するキーワードは「亡命」。亡命とそれに伴うものごとの重さが否応なく伝わってくる。母語で書くのでさえたいへんであろうに、なぜ母語ではなく、ドイツ語で書くのか?『ぼくはただ、物語を書きたかった。』からである。そうせざるを得なかった事情、他言語で物語を書くうえでの工夫と忍耐、他文化で暮らす戸惑い、憤り、亡命作家としての日常、そうした中で多くの賞を得てきた作家としての成功の秘訣などなどが示される。
暗く陰鬱で、通読に難儀する本ではない。著者「の仕事場には・・古いアラビア語の箴言が、額装されて壁にかかっている」。そこには、『忍耐とユーモアは、それがあればどんな砂漠でも横断できる二頭のラクダだ』とある。ラフィク・シャミのユーモアと翻訳に助けられて、読者もらくに横断できる。