情報生産者になる (ちくま新書) 上野千鶴子著 [教育・学び]
産婆さんが、上野千鶴子先生とはたいへん贅沢な話
本書は、上野ゼミで論文作成の実地指導を受けている気分になる本だ。著者は、これまで「学生にはつねに、情報の消費者になるより、生産者になることを要求してきました。とりわけ、情報ディレッタントになるより、どんなつたないものでもよい、他の誰のものでもないオリジナルな情報生産者になることを求めました(「はじめに」)」と記している。
その指導法は、決して無理難題を押し付けるものではなく、手取り足取り懇切丁寧な指導がなされてきたようだ。実際に、指導を受けた学生がどう感じているかわからないが、読んでいる限りそう感じる。そのようにして社会の共有財産としての新たな知を生み出す助けとなってくれる産婆さんが上野千鶴子先生とはたいへん贅沢な話である。
遠慮なく難しい用語も出てくるが、それらの用語に対して「~とは、~です」と説明が付されていく。経験科学としての社会学の論文を作成する上でのプロセスを追った指導解説がしっかりなされていく。時に、ご自分の経験もまじえた脱線めいた話もでる。自分もその回答者となっている人生相談をとりあげて、〈まちがっても「朝日新聞」土曜版be面の『悩みのるつぼ』など、選んではいけません。だいたい名前からしてふざけています〉などと書いてもいる。きっとゼミでもこんな調子でやっているのだなと感じる。それは、厳しくかつ楽しく、そして「とりあえず目の前にある手に負える課題を解いてみて、そうか、こうやれば解けるんだ、と達成感を味わうのがとても大事です(p082,3)」といった指導だ。
本書は、学生だけでなく、一般人にも役立つにちがいない。KJ法の発展型「うえの式質的分析法」についての説明のところで、〈KJ法をマーケティングに取り入れた(株)Do Houseの小野貴邦さんは、主婦に仲間とのおよそ1時間の新商品のディスプレイを求め、メモをとらずに終了後100ユニットの情報データの収集を要求しました。そして主婦を情報生産者に鍛えあげました(p165)〉という記述もある。
本書をとおして鍛えてもらうなら、「つたないもので」あったとしても、「他の誰のものでもないオリジナルな情報生産者」として、社会の一隅を照らす者となれるように思う。
2018年10月19日にレビュー