SSブログ

『藤沢周平 遺された手帳』遠藤展子著 文藝春秋 [自伝・伝記]


藤沢周平 遺された手帳

藤沢周平 遺された手帳

  • 作者: 遠藤 展子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/11/29
  • メディア: 単行本


藤沢周平の作家としての成長、その生き様を知ることができる

藤沢周平(昭和2:1927年~平成9:1997年)が遺した手帳には、昭和38(1963)年から51(1976)年まで、藤沢周平36歳から49歳までの出来事、思いが綴られている。本書は、昭和38年生まれの著者(展子)が、周平の没後20年を経て、『遺された手帳」を引用しつつ、読み解いたもの。

著者は、「父が小説を書く理由としてあげていた、言葉では言えない(「人に言えない」)『鬱屈』の正体を知りたくて」この本を書き始めたという。口数の少ない父が、遺してくれた手帳には、「私の知らなかった父の気持ちや考えが書かれてい」た。執筆を終えて著者は、「今回真正面から向き合ったおかげで、母を亡くした父が、どんな気持ちで私を育ててくれたかがとてもよくわかりました」と記す。

そう書くと、『遺された手帳』は、単なる家族のことを記した身辺雑記と勘ちがいされる方もいるに違いない。しかし、そうではない。昭和39年元日の記述にはこうある。「いま、幸福が手の中にあった時去ったお前が哀れでならぬ。展子を守り私はもう一度生きてみる。お前も一緒にだ。展子の中にお前がいる。悦子よ、安らかに眠れ。・・略・・」。そして、1月21日の記述には、こうある。「会社で新しい机と上衣をもらった。やはり貧しいために悦子を殺してしまったような気がする。貧しさを二人とも苦にしなかったのだが。 / 昨日『上意討』を出し、山戸氏と懇談。三月号もらって帰る」。その記述に対して著者は次のように記す。「父がそのせいで自分を責める気持ちになるのは仕方のないことですが、その後の人生でも父はお金に執着することはありませんでした。やはり父には、人生にはお金よりも大切なものーー小説があったからです。『上意討』は「読切劇場」の四月号に掲載されています」。

『遺された手帳(昭和40年4月)』の記述に対して著者は次のように述べる。「父の小説の書き方は、一つの作品をじっくり何度も書き直して、完成形に近づけていくやり方でした。それは私の夫(引用者注:周平の著作権管理をしている)が父の原稿を整理していて見つけた、草稿の多さからわかりました。ですが気持ちについては、いつまでも同じところにとどまっているのではなく、思い切り良く切り替えて、次の賞を狙うところなどは、三十代の若い父の作家への情熱を感じるのです。 / 父はこの頃から、明確に、芥川賞ではなく直木賞を目指していました。とはいえ、まだオール讀物新人賞を受賞する前ですから、驚きました。しかし、そのくらいの強い意志と実行力がなければ、小説家として生きることは難しい。高校生の頃、父に私が『私、将来は小説書きたい』と言った時に、即座にまじめな声で、『お前のようにのほほんと生きてきたものには小説は書けない』と言われました。今思えば、ただ小説を読むのが好きとか、何となく小説を書いてみたいなどという程度で出来るはずもないわけです。 / 小説を書くのが『体力的』と表現するあたりは、実体験なのだと思います。父は生前、小説を一本書くと、三キロ体重が減ると言っていたことを思い出します。もともと軽量級なので、父にとって三キロは大変なことです。それをもとに戻すのが、また一苦労だといつもぼやいていました。小説を書くには体力が必要だとこの時から感じていたのでしょう」。

『遺された手帳』を読む者は、娘(展子)の成長とそれを見守る者たち(親族、後添い)を背景・遠景として、サラリーマン・作家の「二足のわらじ」から直木賞を受賞して専業作家となり、次々と作品を書いていく周平の作家としての成長の様を知ることができる。まだ、ファクスも電子メールもない時代であり、編集者とのやりとりも、電話や直接会ってである。おのずと人間関係は濃密になる。そうしたなか、義理堅く、丁寧に人に接する周平の姿(家族から見ると「外面のいい」様子)も知ることができる。昭和の時代の人間味を感じさせるほのぼのとした本である。周平ファンのみならず、一読をお勧めしたい。

2018年1月31日にレビュー

父・藤沢周平との暮し (新潮文庫)

父・藤沢周平との暮し (新潮文庫)

  • 作者: 遠藤 展子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/09/29
  • メディア: 文庫



三屋清左衛門残日録 (文春文庫)

三屋清左衛門残日録 (文春文庫)

  • 作者: 藤沢 周平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1992/09/01
  • メディア: 文庫



nice!(1) 
共通テーマ:

nice! 1