『日本人として知っておきたい皇室の祈り』 伊勢 雅臣著 扶桑社 [日本史]
天皇陛下の退位をめぐる政府の有識者会議で、保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「強い不満」を漏らされたという報道がなされた。昨年のことである。それを読んで評者は驚いた。実際のところ「祈っているだけでよい」と評者も思っていたのである。「保守系」云々は別として、天皇の連綿とつづくその歴史を顧みるときに、その多くが御簾の陰から小声で時の為政者に語りかけ、政治の表舞台に立つことなく生きた。そして、その主たる務めは宗教的な祭祀であった。それゆえ、実際のところ「祈っているだけで」十分と思ったのである。同世代の多くが定年後を過ごし、資力のある方であれば、豪華客船による世界一周ツアーなどを楽しんでいるであろう中にあって、ご老体に鞭打って公務に励むまでもないと思ったのである。だからそれゆえにも、「祈っているだけでよい」の言葉に陛下ご自身が「強い不満」を漏らされたということに驚きを禁じえなかった。
しかし、本書をとおして、真摯に国民の安寧のために祈ってこられたご様子を、また、(世人から良い評価を得んがための単なるパフォーマンスなどでなく)、国民と共にありたいという深い願いからご公務を果たしてこられたことを知ることができた。そして、それをご夫婦で延々と続けてこられたのである。それが既に身についた生き方となっている天皇皇后両陛下にとって、「祈っているだけでよい」との言葉は、それがたとえ善意から出ているにしても、これまでのご自身の生き方(ある意味、全存在)を否定されるかのように感じられたとしても不思議ではない。
「皇室の祈り」が如何なるものであるかを、(天皇制を受容する・しないの如何を問わず)、知っておくことは良い。評者は、天皇制を社会制度の一つと見なすに過ぎないが、それでもやはり、今上天皇のご公務を果たされる姿をみると涙が出て来る。それは本書を読む以前からそうである。その祈りの深さに心を打たれるからであるように思う。清子(今上天皇第一皇女)様の天皇皇后両陛下への思いを綴ったもの(そこで、「共働き」をするご両親ゆえに寂しい思いをされた過去が記されている)や過去の天皇の事績などもたいへん興味深い。そして、それらの基盤にあるのも祈りであることを知ることができる。
天皇の年頭所感を見て・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-01-01