『ペーパーボーイ 』(STAMP BOOKS) ヴィンス・ヴォーター著 岩波書店 [児童文学]
読者は、「深い穴」に葬られたハズの物語を読むことができる
夏のあいだ友人に代わって新聞配達をした吃音・発話障害をもつ白人少年のお話し。その間に起きた出来事、人との出会いを少年はタイプして残す。その残された記録が本書という設定になっている。
描かれるのは、1960年ころのアメリカ南部の生活。人種差別が現在よりはるかに色濃い時代で、「黒人は自分たちの問題は自分たちだけで片づけるし白人や白人の警察には頼らないんだ」という意識をもっている。
その言葉を口にしたのは、少年の家で共に暮らしているメイドのミス・ネリーだ。少年は「マーム(英語本文ではMam)」と彼女を呼ぶ。マームは、少年にとって「世界で一番の友だちだ」。
少年とマームの関わったふたりの間の秘密となった事件が、徐々に明らかにされていく。そして、最後はこう綴じられる。「そろそろタイプもおしまいにしようと思う。/ タイプした紙の束は新聞用の紐でしばって裏庭のテラスへもっていき『やばいソファ』の下のゆるんだレンガの下に埋めてしまおう。/地獄の番犬たちにかぎつけられないよう深い穴を掘らなきゃならない。口から出た言葉は言ったとたんに風に吹かれてどこかへ行ってしまうけれど紙の上の言葉はいつまでも残るのだから」。
読者は、「深い穴」に葬られたハズの物語を読むことができる。
2016年12月23日にレビュー
著者のホームページ
http://www.vincevawter.com/
以下は、『訳者(原田 勝)あとがき』からの抜粋
「読んでみて強く感じたのは、主人公の抱える問題は、普遍的なコミュニケーションの問題に通じるということでした。吃音者の境遇を軽く見てはいけませんが、主人公の苦労は、多くの人が言葉や人間関係について経験する苦労と重なるところが多いと思うのです。わたしたちは程度の差こそあれ、みな、思いをうまく言葉にできず、口にした言葉は誤解を生み、意図せず人を傷つけ、自分も傷つきます」。
「黒人で住みこみのメイドであるマームは、不平等な決まりごとを受けいれながらも、信仰をよりどころにぶれない生き方を貫き、雇い主の息子である主人公に惜しみない愛情を注ぎ、身を挺して守る一方で、言うべきことは歯に衣着せずに言います。主人公とマームのやりとりは、この作品のとても大切な部分で、人種を超えた人と人との繋がりを実感させてくれます」。
「主人公とスピロさんとのやりとりには、なんとも言えない味わいがあります。どんな子どもにも、こうした大人が近くにいてほしいものです。そして、できれば自分もスピロさんのようにありたいと思いました」。
「スピロさんの手紙には、『魂の四分割の意味を理解するよう努めたまえ』とあり、主人公はいわば宿題をもらった形です。そして、これはわれわれ読者への宿題でもあります。ヴォーターさんは、わたしとのメールのやりとりの中で、『四つの言葉(Student, Serbant, Seller, Seeker)は、人が満ちたりた人生を送るのに欠かせない四つの側面である』とおっしゃいました』。