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ラパ・ヌイ島(イースター島)の教訓 (『はじめて学ぶ海洋学』朝倉書店から)


はじめて学ぶ海洋学

はじめて学ぶ海洋学

  • 作者: 横瀬 久芳
  • 出版社/メーカー: 朝倉書店
  • 発売日: 2015/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



上記書籍巻末に「健全な海を私たちは子孫に残せるだろうか?」という節がある。以下は、そこからの引用。

ラパ・ヌイ島に臨んだ悲劇は、地球にも及ぶか?

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海洋をめぐる様々な問題は、すでに私たち人類の生存を脅かしつつあります。世界人口は70億人を超え、人口爆発に伴う食糧危機をはじめとする資源枯渇が懸念されています。このような問題については、以前から多くの研究者によって警鐘が鳴らされてきました。開発という名の自然破壊と大量消費に支えられた、私たちの豊かな生活はいつまで享受できるのでしょうか? そして、豊かな海を未来の子孫に向けて保護していくためには、何をなすべきなのでしょうか?

海洋保全を含めた地球環境の健全化を考える上で、「ラパ・ヌイ島の教訓」や「共有地の悲劇」は示唆的内容を多く含みます。「ラパ・ヌイ島の教訓」は、クライブ・ポンティングが1991年に、そしてジャレド・ダイアモンドが2005年に、人間社会の崩壊過程を詳しく述べたものです。一方、「共有地の悲劇」は、ギャレット・ハーディングが1968年に「サイエンス」に発表した論文において、地球という有限の領域でどのように資源を分配するかに関して提案されたものです。

a. ラパ・ヌイ島の教訓

モアイ像で有名なラパ・ヌイ国立公園(チリ)は世界遺産にも登録(1995年)された風光明媚な海洋島で、英語名のイースター島は、1722年4月5日の復活祭(イースター)の日に、ヨーロッパ人として初めてオランダ船がこの島を訪れたことで命名されました。最寄の有人島はピトケアン島で、その距離は2000kmにも達し、まさに絶海の孤島です。冷たい海流によって隔てられたラパ・ヌイ島では、閉鎖的環境下で有限の資源を使い果たした結果、17世紀に文明が滅びました。その状況は、宇宙に浮かぶ逃げ場のない地球と重なるものがあり、環境破壊と文明崩壊の因果関係を地球の未来に投影してしばしば議論されます。それでは、ラパ・ヌイ島の崩壊の歴史を紐解きましょう。

1722年にオランダ人の提督がラパ・ヌイ島を訪れたとき、3000人ほどの原住民はみすぼらしい生活の中で戦いに明け暮れ、食糧もままならない状況下で人食いまで行っていました。島には3mを超す木は1本も生えておらず、草地で覆われていました。

そんな島には、10mを超える石像(モアイ像)があちらこちらに散在していました。1774年にこの島を訪れたクック船長は、島民数に比べ文明の発達程度が極めて高いことに驚愕しました。

20世紀に入って、考古学者がラパ・ヌイ島の本格的な調査を開始すると、600体以上のモアイ像が発見されました。あまりにも不可解な状況であったため、ラパ・ヌイ島の文明については地球外生命体起源説まで飛び出しました。最終的に考古学的研究によって明らかになったことは、一時は1万5000人規模に膨れ上がった島の人口と文明が、森林の消失によって崩壊していったという衝撃的な事実でした。

考古学では、島に残されている遺跡を調べることで過去の状況を探ります。それに基づくと、1200年前にポリネシア中央部まで進出したラピタ人が、西暦900年頃にラパ・ヌイ島に入植したと考えられています。また湿地の堆積物に関する花粉分析や年代測定から、人が入植する以前のラパ・ヌイ島には亜熱帯の森が広がっており、高さ約20m、直径1mのヤシの木が生い茂る島だったことがわかりました。人々は、鶏、ヤムイモ、タロイモ、パンノキ、バナナ、ココナツ、サツマイモを携えて入植し、加えてネズミも船にまぎれ込んでやってきました。

森林を切り開き、農地開拓に成功すると、人口がしだいに増加します。農地開発の成功は島民に十分な時間を与え、モアイ像の建設を可能にしたようです。島内は11~12の部族に分割されており、それぞれが競うように1100~1600年までの間、石像建設を精力的に進めていました。食糧増産や石像建設がピークを迎えた頃、人口は1万5000人程度に達しました。

一方で、ラパ・ヌイ島内に残るゴミの山の調査から、繁栄とは裏腹に資源枯渇が着実に忍び寄っていたことがわかっています。森林は農地開発とともに縮小され、さらに様々な用途(建材、屋根葺き材料、燃料、石像運搬用丸太やロープ、丸木舟)のために伐採され、急激に減少していきました。ゴミの中には、1500年以降の年代を示すヤシの実は存在せず、大木がなくなったことを物語ります。

時を同じくして、人々がタンパク源としていたネズミイルカ、魚、貝類、鳥、ネズミのうち、外洋で捕獲されるネズミイルカや魚の残骸がゴミから消えます。特にネズミイルカは、食材であるとともに釣り針の材料でもあったため、魚の確保ができなくなったことを物語ります。貝類も最初は大きな貝殻が捨てられていましたが、時間とともに小さくなっていきました。島内で繁殖していた24種類の鳥たちも、いつの間にか姿を消しました。

また、それまで火葬であったものが、ミイラ化して埋葬する方法に変わります。ゴミ山に残された墨を分析すると、1640年以降は木材に変わって草や農作物の不要な部分が燃料となっていたことが示されます。これらのデータを総合して、森林破壊は1400年代から部分的に始まり、1600年代には島全体に拡大したことがわかっています。

山中に開発された畑は、森林の消失に伴って野ざらしとなり、風雨を遮ることができなくなりました。嵐のたびに多くの畑は壊滅的な打撃を受け、表土の流出が拡大したことでしょう。

島民たちは、森林の消失によって食糧確保が極めて難しい状況に陥りました。すると、島の生命線であった食糧資源や森林資源の枯渇に伴う内戦が部族間で勃発します。この内戦によって、各部族の象徴であったモアイ像が倒されたり、破壊されたりしたと考えられています。

島を離れようにも、丸木舟すらつくることができない島民に、この状況から逃れるすべはありませんでした。さらに、周囲を冷たい海に囲まれたラパ・ヌイ島では、船なしに外洋から食材を得ることもできません。島に残った唯一豊富にある食材は、人肉だったのです。共食いの事実は考古学的に明らかにされているほか、生き残った島民によっても伝承されています。森林資源の枯渇がドミノ倒しのように社会秩序の崩壊をもたらしたのです。

このような社会崩壊の歴史の後、ヨーロッパ人がラパ・ヌイ島を訪れ、繁栄を謳歌した証のモアイ像と島民の現状とのギャップに驚愕したのです。ラパ・ヌイ島の悲劇はさらに続きます。

後略

(以上、横瀬久芳著『はじめて学ぶ 海洋学』 p137-140からの引用)

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http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-17

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